2010年4月4日日曜日

2/6の記事「カール・ヤスパース『ニーチェ』」への多毛雑物さんのコメント ~三島憲一、ホルクハイマー/アドルノ批判。

2/6にアップした記事について、多毛雑物さんという方が4/1に長大なコメントを下さいました。哲学研究者、現代思想家には目を見開いてよ~く読んでいただきたい、実に重要な事実が書かれていますので、こちらに持ってきました。但し、強調のため一部フォントサイズを大きくしたり、意味を通りやすくするため〔〕で一部言葉を補った箇所があります。
多毛雑物さん、ありがとうございました。


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(以下、多毛雑物さんのコメント・・・)

「もっとも彼ら〔アドルノとホルクハイマー〕とニーチェの大きな相違も指摘しておかねばならないであろう。彼らは理性の自己批判、啓蒙の自己反省を行ったが、それは理性が本来めざしていたものに強く固執していたからである。それに対してニーチェは少なくとも晩年の激烈な道徳批判の中でそうした理性やその自己反省からあっさり降りてしまった面がある。美と認識の一致すらも放棄して支配者道徳を説いたようにもみえる。自分の本来のプログラムをどこかで誤解したところがある。


 この本来のプログラムを理解したのは後世でもごく少数の人々であった。ホルクハイマーとアドルノはその少数の人々に属している。特にホルクハイマーはドイツでの理解が権力主義的なそれか、実存主義的なそれに塗りつぶされていた戦前に、すでにニーチェのドイツ人批判が、社会主義批判が、道徳批判が、本当は何を意味するかを正確に理解していた。

 それを示すのがヤスパースのニーチェ研究への激烈な批判(1937年)である。彼はそこでこのニーチェ論をまずは、現実との葛藤をいっさい起こさずに人生と世界について考えることができるドイツの教授とそれを支える小市民性の典型であるとこきおろす。そして彼は、ニーチェの本来の意図は、人間が自然の認識によって自由になった世界にあって、それまでの歴史の中での姿とはまったく違った可能性を宿していること、その可能性は認識によって描きだしうるものであることを示そうとするものであったと指摘している。つまり、啓蒙の弁証法によって新たな抑圧が生じるのではない世界、その意味での超人の世界を夢見ていたということである。「ニーチェの目的は未来であった。この未来においては自然支配が極度にまで高まった結果、人間の規定し難いまでに大きな力が解放されるのである」。ニーチェは「地上における人間の可能性を、これまでのいかなるユートピア主義者もかなわぬほど熱狂的に評価していた」と彼は論じている。」


(三島憲一『ニーチェ』(岩波新書、1987年、214頁)


以下、『ニーチェの生活』→文庫①、『ニーチェの根本思想』→文庫②と記す。



さて、三島憲一の文章、こいつぁひどいね。ニーチェが「理性やその自己反省からあっさり降りてしまった面がある」だって?何を根拠にそんなことが言えるのだろうか。それにニーチェを正しく理解している人間〔ホルクハイマーとアドルノ〕が学派〔フランクフルト学派〕を作ったりするだろうか。ヤスパースは書いている

「凡そニーチェにおいて現われる教説で彼自らそれに服従するようなものは一つとしてない。彼はどんな教説でもそれを自己の自由にし、実際に他の教説によってそれと均衡を保持させる。権力への意志説はニーチェの究極的な形而上学ではなくして、彼の存在探求の全体内における一試みであるにすぎない」(文庫②317頁)



さて、ホルクハイマーのヤスパースに対する批判はどういうことだろう?すでに33年には大学の運営から閉め出されていたヤスパースが、ナチスに積極的に反対しなかったことをもって「現実との葛藤をいっさい起こさ」なかったと書いているのだろうか。だとすればそれは、あまりにも表層的な理解ではないか。たしかにヤスパースは沈黙を守った。だから英雄ではないし、生き残ったことに「負い目」がある。しかし、彼は常に不安の中でニーチェを読むことを呼びかけていた。

「吾々はニーチェにおいては、体系的可能性の経験と同時に、その崩壊の経験をもしなければならない。」(文庫①11頁)



さらに、36年という厳しい状況下で出版されたこのニーチェ論には、ナチス批判ともとれる箇所がある。

「純粋な正義というものは、積極的な感情におかれていて、あの正義の濫用のように反動的な感情にはおかれていない」(文庫②140頁)

「しかし大規模であると共に究極的には空虚なこの展望〔人間の未来の指導という展望〕は、再びニーチェにとっては、今日すでに何かこういったものが行われうるかも知れないということ、即ち何らかの決断がなされうるかも知れないということを意味しない。私が、神の如く超越することなくして、私の知に基づく方法によって全体者を手に入れようとする限り、私はまずこの全体者を認識しなければならない。でなければ私は単に破壊的な混乱を惹き起こすにすぎないだろう。(中略)何れの場合においても吾々はニーチェに従うわけにはゆかない。吾々が、ニーチェは極く簡単に受け取られるものを描いたのだと考えるなら、それは根源的に誤りであるだろう。大政治の分野においてこのことは、どこまでもニーチェはすべての人のためにではなく、特に≪新しい支配者≫のためにだけ思惟するという点において示されているのである」(文庫②253-254)



ちなみに、ヤスパースも未来について書いている。

「ニーチェが固執したものは、人間における可視的なものでもなければ、隠れているものでもない、それは人間によって人間を超えてあるところの未来のものである」(文庫②81頁)



ホルクハイマーとアドルノは、ここ読んだのか?



最後に、この大部なニーチェ論の中で、ほとんど唯一、正面からニーチェを批判した箇所があるので紹介しよう。



「権力意志の中には、自己自身に対して責任をとることを自覚しているところの自己存在―――自己の絶対性においてただ超越者にのみ関係する独自的な点、権力意志だとか権力の使用を必要としない愛しながらの闘争としての交わり(die Kommunitation als liebender Kampf)、本当に明るい、広い地平圏―――がもはや存在していない。」(文庫②316頁)



ただし初めに引用したように、この権力意志(最近ではドゥルーズの文脈もあって力能意志と訳されている)もニーチェにとってはひとつの過程でしかないことが指摘されているのだが。

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