2010年4月3日土曜日

展覧会「絵画の庭 ~ゼロ年代日本の地平から」(於、国立国際美術館)

今日は夜勤明け、オフィスビルを出てとぼとぼと歩いていたらあまりに桜が美しく、空は青く、そしてスズメや鳩やカラスが活気づき、それを物陰から見つめる子猫が可愛かったので、コンビニでビールを買ってひとり花見をやりました。

桜も咲いて本格的に春を迎えると文化系イベントがにわかに活発化します。なので、どれに行こうか予定を立てるのも大変です。あちこちに関心が向くのはいいのですが、それなりに消化しているつもりでも、結局のところ自分にできることはといえば限られているので、目の前にあること、立ち会ったことに地道に向き合うことにしたいと思います。

さて、一昨日(4/1)は中之島の国立国際美術館で1月から開催されている展覧会「絵画の庭 ~ゼロ年代日本の地平から」を見に行きました(明日で会期は終わりです)。
90年代以降の現代美術は映像、写真、インスタレーションなど、多様なメディアの駆使による多様な表現方法が展開したのは周知のことですが、この展覧会は90年代~ゼロ年代に美術界で評価された代表的な作家の平面作品によって構成されたものでした。この時代を、その象徴的な作品によって俯瞰するという意味では大変面白い企画でした。図録もボール紙にタイトルを型押ししたシンプルなもので、分厚いのに値段が1600円、中味もなかなか丁寧な作りになっていました。図録の各作家の紹介頁に添えられた短評には、作家・作品評としてすぐれたものがいくつかあったので、お買い得感もありました。ショボイ批評も多数あったのですが・・・。
印象に残った作家は、会田誠、池田光弘、牧島武史、森千裕の諸氏でした。

その他の作家の作品にも目を引くものは少なくありませんでしたが、彼・彼女らが評価され始めた時期というのがリーマンショック以前のネオリベ・アートバブルの時期と重なる場合が多いため、表現としては多様な展開が見られるものの、ある種の共通したエートスを感じざるを得ないものも少なくありませんでした。ですが、それは表現者としての作家の問題であるというよりも、やはり評価する批評家・コレクターたち、そして彼彼女らを包摂する美術ジャーナリズムが感染している時代の《気分》によるものが大きいのではないか、と思いました。ゼロ年代に企画された似通った趣旨の展覧会図録(参考資料として閲覧できるようになっていた)や手元にある『美術手帖』の特集などでは、特定の作家に感心が集中するという現象が広くみられるのも特徴的です。
その他にもいろいろと考えさせられた展覧会でしたが、考えたことについてはまたその気になればここで発表したいと思います。
(個々の作品について感じたことは、図録を見ながら折に触れて反芻しつつ考えをまとめてゆくつもり)

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