2010年9月19日日曜日

ライプニッツ『モナドロジー』より

科野和子さんの作品と出会って感じたことを先の記事で書き付けてみたのを機に、ライプニッツ(1646-1716)の『モナドロジー』を本棚から引っぱり出して読み返してみました。現代においてモナドロジーについて考えるとしたら、タルドやドゥルーズ、それからラッツァラートを読んだ方が具体性をもって理解できるのでしょうが、やはりここはライプニッツのテキストに立ち返る必要を感じました。
とはいっても、鑑賞者としての僕の独自の関心と結びついていることは確かなので、あえて科野さんの作品をライプニッツに引きつけて解釈する必要はありませんが(っていうか作品鑑賞の多様でゆたかな通路を閉ざしてはいけないので、ちゃんと切り離してください)、参考までに冒頭の何節かを紹介することにしましょう。


1 これからお話するモナドとは、複合体をつくっている、単一な実体のことである。単一とは、部分がないという意味でもある。


2 複合体がある以上、単一な実体はかならずある。複合体は単一体の集まり、つまり集合にほかならないからである。


3 さて、部分のないところには、ひろがりも、形もあるはずがない。分割することもできない。モナドは、自然における真のアトムである。一言でいえば、森羅万象の要素である。


4 だからここには、分解の心配がない。まして、自然的に消滅してしまうなどということは、どう見てもありえない。


5 同じ理由からいって、単一な実体は自然的に発生するわけがない。単一な実体は、部分の組み合わせによってつくることができないからである。


6 そこでこう言える、モナドは、発生も終焉も、かならず一挙におこなわれる、つまり(神のおこなう)創造によってのみ生じ、絶滅によってのみ滅びる。ところが複合体では、どちらの場合にも、一部分づつ、徐々におこなわれる。


9 じっさいどのモナドも、他のすべてのモナドと、たがいにかならず異なっている。自然のなかには、二つの存在が、たがいにまったく同一で、そこに内的なちがい、つまり内的規定にもとづいたちがいが発見できないなどということは、けっしてないからである。


10 また、すべて創造された存在は、変化をまぬかれない。創造されたモナドも、同様である。しかもその変化は、どのモナドのなかにおいても、不断におこなわれている。このことについて異論のある人はないであろう。


11 このようなところから、モナドの自然的変化は内的な原理からきていることになる。外部の原因が、モナドの内部に作用をおよぼすことはできないからである。


12 しかし一方、変化の原理のほかに、変化するもののなかにも具体的な内容が、かならずある。いわば単一な実体を、特殊化したり多様にしたりするものが、かならずある。


13 このような具体的内容とは、「一」すなわち単一なもののなかにふくまれている、(無限な)多のことにほかならない。つまり、すべての自然的変化は徐々におこなわれるから、あるものは変化し、あるものは変化しない。したがって、単一な実体には部分がないが、(無限に)さまざまな動きや関係は、かならず存在しているわけである。


15 一つの表象から他の表象へ、変化や移行を引き起こす内的原理のはたらきを、名づけて欲求という。もちろん欲求がはたらいても、かならずしも目ざす表象の全体に、完全に到達できるとはかぎらない。しかし、いつもその努力から何かを得て、新しい表象に達することはたしかである。


16 われわれの意識する想念(パンセ)が、たとえどんなに微小でも、そこには対象のもつ多様性がつつみこまれている。そのことに気づいたとき、われわれは単一な実体であるはずの自分自身のなかに、多の存在を確認するのである。とすると、魂が単一な実体であることを認めるかぎり、だれしもモナド(一般)のなかにこのような多があることを、認めないわけにはゆかない。(以下略)




◆ライプニッツ『モナドロジー』(清水富雄・竹田篤司訳〔中公クラシックス『ライプニッツ モナドロジー・形而上学序説』所収〕)


------------------------

モナドmonas(ラ),monad(英),monade(独・仏) ギリシア語のmonas(単位、一なるもの)に由来。単子と訳される。古代では初めピュタゴラス派がもちい、プラトンも『ピレポス』『パイドン』などでこの語を使用している。中世のキリスト教思想家においてもさまざまの意味に用いられた。近世でニコラウス・クザーヌスやブルーノは、世界を構成し、世界の多様を映す固体的な一なるものと捉え、特にブルーノは、宇宙を構成する単純な要素を〈モナド〉と名付け、モナドどうしの結合から宇宙のさまざまな在り方が生じるが、モナド自身は不滅とした。ファン・ヘルモントやH.モアは、宇宙を構成する物的・心的要素と解した。これらのモナドは、宇宙的神性に対して有機的関係にたち、神性をみずからにおいて現すとされた。こうした諸原理を継承してライプニッツは独自の形而上学を組織した。モナドは真の実在で、空間的拡がりをもたない不可分の単純者であり、物的・延長的な原子とは区別される。モナドは相互に独立しており、何かが出入りできるような窓がない。互いに異なった性質をもち、その作用は自己の内的原理にのみもとづく。意識的ないし無意識的な表象の作用をもち、他を映しあい、予定調和による観念的関係のみをもち、それぞれの視点から宇宙を表出する。(以下略)

(『岩波 哲学・思想事典』より。谷川多佳子氏執筆) 

5 件のコメント:

  1. 9/21は宮澤賢治の命日。
    賢治もまたライプニッツのモナドに
    いたく心惹かれた人でした。

    返信削除
  2. 寮さん、今日は賢治の命日だったんですね。教えて下さってありがとうございます。
    賢治とライプニッツ、なるほどと納得ですね。

    返信削除
  3. 賢治の命日にライプニッツをアップとは、
    奇妙な偶然の一致!
    読ませてくださって、ありがとう!

    返信削除
  4. 凄い偶然!
    平面作家・科野さんの意識に映り堆積していったモナドの集積としての絵に僕の中のモナドが共鳴し、ライプニッツの『モナドロジー』というモナドのことを書いた本を僕が書き写し・・・。そのライプニッツのモナドに惹かれた賢治が日々取り込みこの世界に遺してくれたモナドと、そして寮さんの中のモナドが共鳴し、このネット空間の片隅で時空を超える星座が形作られる・・・。
    本当にさまざまなモナドたちが共鳴し、引き合ったのでしょうね!
    こちらこそありがとうございます。

    返信削除
  5. 仮想空間で響きあうモナドたちの星座!

    返信削除

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。