2017年9月18日月曜日

冨士原清一「魔法書或は我が祖先の宇宙学」

見よ 迷宮の縫目から致命傷の漆喰が現はれて神秘な笑を笑ひながら死んでゆく 三角戸棚のなかで逆になつた女魔術師はその九角形の正体を見せてすべての植物性襤褸とともにそれを喝采する ひとりの天使は肉体の内部の見えない螺旋に悩まされて月夜に青い痣の疑問符号をつけた苔蘚類の侵入を許可する これは月夜における青鮫の昇天である 鉛の潜水鳥よ 私は汝を VENUS への全権委員として派遣したのであるが汝は遂に三日月の横顔に到着した これは汝の霊魂論の紛れもない過失であつた 何ものかが壁のなかで汝のために陳述する この陳述は極めて無愛想であるが私を喜ばせるので有利である 地獄は青色の七個の円筒を出して馥郁たる煙を送つてくる けれども氷とその一党は不在である 紅縞瑪瑙は慧星の線条ある軌道を通過せんとして真珠の哨兵に発見される 彼は真珠の優美なる射撃を受けて ZENITH に於て激しく血液を流す このことは日蝕五分前の MUSE の写真には現はれなかつたが日蝕五分後の MUSE の写真のなかに明瞭に反応したのである 私はこの写真を芥子粒の王子に贈つたとき彼は皇族画報を眺めてゐたのであるがこの美しい縞馬の写真を眺めたとき彼のカスケット帽は至極満足に跳ねた このとき蝗の王国は少しくその赤味を帯色する そして香料の雨がこの王国の上を通過して奇態な漂泊作用を行ふ この作業は長時間に渉つて継続する それ故雨彼等の喋る驚くべき言語は月を乾燥させるかと思はれる これらは真実最新の弾型漂泊素であるのか 私は彼等の発展の犠牲である 既に孔雀石の上に縫針の避雷針と截屑の馬具は装塡された これは思想の豪雨の日の細菌類の巧妙なる逃亡である おお太陽も亦彼の若い情婦を殺害して逃亡する 蒼白なる科学者よ あの層雲の伏魔殿に注意し給へよ 最小口径砲と羽飾のついた鳥糞射出口及び潜伏処の望遠鏡 これらは三位一体である この明快な真理の微風の後で科学者は捕虫網の如く微笑する 彼は彼の微笑の網を透して遠く塵埃のなかに跳ねてゐる一個の舞踏靴を認識する この舞踏靴それは全く彼の母親コンパスに相似形 そして彼の微笑の裂目其処から彼の ENNUI は遊歩してこの舞踏靴を食べる 白色の手袋は黒色の手袋と抱擁する そして石綿の裸体はいま一度天使の体内で気絶する ああ今日私が通過したとき飾窓のなかにゐた頭と腕のない MANNEQUIN よ 明日再び私が通過するとき汝は巨大なる截断鋏で飾窓のなかに切腹してゐるのである 宏壮なるスケート場の夜 其処では氷結した人間の影等が氷の喝采のなかを滑走してゐる 死者等は永遠に地下を旅行する 彼等の懐中の緩漫にして正確なる歩度計 それは裏面もない一面の MEDAILLON 完全の法典である 巨大なる OMBRE の胸の鎧戸からは無数の灰色の傴僂達が生まれてくる 彼等は一様に列をなして水流の浅瀬を遊歩するが再び OMBRE のなかへ還つてゆく 風塔の上の風信子よ 彼等はこのことは汝よりも更に優秀なる菫の耳においても同様であつた 果してこれは OMBRE の微笑の幽霊であつた 私の眼球のなかでは熱風の密会が急に静かになる この急激な変化は一体何の合図であらうか風信子よ 威しい天体の黙示の下に最早私は硫黄の皇帝と硫黄の交換を終了したのであらうか 見えない仙境では一羽の鶯のために造られた代理石の壁が垂直に成長してゐる 垂直の論理は正しいか正しくないかそれが極めて緩漫な速度をもつて天に到着してゆくのが分かる けれどもこの壁の如何なる成長の瞬間においても常に頂上を好む鶯は壁の頂上で鳴く 鶯を理解しない壁のプロフィールは美しい 美しい壁よ 汝の内部は矢車菊と苜蓿と美人相 汝の外部は美人草と苜蓿と矢車菊 そして藁茎の BAGUETTE をもつた仙境の番人は右手の手袋だけで満足する これが簡単の仙境の神秘の完全の永遠 簡単の仙境の神秘 SIMPLICITE の神秘 一個の煙草入のなかの世界 一個の煙草入である 見給へ 北極から還つてきた植物達は私の玄関に到着したとき既に死亡してゐる これは数千年以前の土曜日 SABBAT において既に魔王に依つて決定されてゐた彼等の宿命であつた このことに関しては未だ体内にゐる紅鶴の雛さへも知つてゐる 然し彼等の出発のときよりも遙かに嶄新な流行色を示してゐる 彼等の襟飾の上には美麗なる彼等の鼻が認められた それは彼等の霊魂と等しい色彩をしてゐる そして第一等級の星は何ものもそれを見てゐない時間に彼等の頭上に輝き彼等の肩の上の発見の火災の痕跡を照らす 他の星等は茴香の饗宴に招待される けれども彼等がその席上で見るものは只だ黄色の火災のみである 私は備忘の瓦斯に就て語らんとする そして私は反射鏡の下で偶然に滑り落ちた猥褻なる写真のなかに 黒色の肉襦袢(マイヨオ)をつけた今日の死をば容易に発見する 彼の女の宝石入の爪は瞬間地上を照らす 彼の女の叉になつた銀の足は死後の迷路 そして彼の女の背後に光の尾が遠く天上の星に連なつてゐる 月の花粉が化粧した彼の女の顔は彼の女の思想 最早彼の女の顔と月と判別することは出来ない これは無思想の典型 明日の彼岸の雪崩 そして覆へされた春の寝台の羽毛の散乱のなかに彼の女がローレライの歌を歌ふとき銀河の河底深く逆さに生へた樹木はゆらゆらと彼の女に挨拶する 彼の女は亦人体学の総和が睡眠と水であることを歌ふ このとき彼の女の姿は金字塔の最高処で鳥糞の上に坐つた最新のセラファンである 或る初夏の朝 私は品行優良なる薔薇が羅針盤に採用されるのを目撃した この薔薇の祖先は嘗つての天啓発揚派であつた この私の理解は正当であつた 何故ならこの日祭礼の雲は私の頭上で静かに円舞し五色の雨を降らしたのであつた いま私が開いた鏡の底の AVENTURE の窓よ 私が眼にアネモネの花びらを押しあてて手探ぐりで小鳥の備忘録を探しに出かけるのは此処からである 私は家具の腕をもつた種々なる妖怪達に出会ふが此処は均衡の崩れた精神の城の内部の廻廊である故に彼等は私の忠実なる召使達に相違ないのである 突然私の口のなかで真珠の如き神が蜂鳥の現行犯に向つて頬笑むや否や忽ち溶けてしまつた 暗らい暗らい そしてこの暗黒のなかで廻廊の末端において窪む一個の貝殻は人間の最初の完全な論理を形成する またこの暗黒のなかにおいても右手にプレイアッド星座のみを認識して歩行を続けてゐたひとりの旅行者は数時間の後に神秘な獣帯光の下に彼の左手に砂漠を発見する 彼は異常なる秩序をもつて組織された仙人掌の社会に異常なる緊張をもつて少しく接近する 忽ち彼は仙人掌から黒色の水の射撃を受ける 驚愕して彼は空を見上げる 然し聞くものは只だ彼の発狂せる毛髪と空の円形劇場にみちた星の紳士の笑声のみである おお天上の星星よ 彼の肩の上に刺繍された彼の運命をも判読し給へよ 彼の過去は権門の紋章の上のあの黴の笑靨 そして彼の美しい未来はあの鏡のなかに見える珊瑚礁における見習潜水夫 そして滑石含有料の莫大な石鹸は彼の乳母であつた 私の舌が銀の匙である私は私の舌が銀の匙であるかの如く歌を歌ふ 今日霰は如何なる思想を帯色してゐるであらうか また風の商会は如何なる組織のもとに動いてゐるのであらうか 嘗つて狩猟の女神の衣装に落雷したときその截断された女神の衣装の上に私が雷鳴からの通信を読むだのは事実である 然し最近私が欝金草の秘密結社において受信した稲妻の波長は失語症のそして転倒語法にみちた人間の声に近いものであつた DOUBLE ETOILE 彼も亦最早出現しない 羽毛の小鳥と鉛の小鳥の墜落の等しい現世紀において最早私に親密なるものは汝硝子の ROMEO 汝金剛石の JULIETTE 私の磁針は狂ひ出す 私は太陽のなかに眠る薔薇色の昆虫(実はそれは薔薇色の卵であるのだが)を刺さんとして彼の胸を突き刺す ROMEO を見る 姫蜂よ 私が君に愛想するのはかかるペリカンの時間においてである。それは時間が全く白金線である時間 このときクレオパアトルを乗せて疾走するヨットは白金線の波打際に沿つて岬を旋廻した 春の海洋は白い クレオパアトルの倦怠は白い 私の上方で白色の雲は急速に動く それは虚無の電気である 見よ 真空のなかに犯罪がある 金モオルの王子が白金線で絞殺されてゐる けれども犯罪者が硝子であると考へたのはイオンの女王よ 貴女の早計であつた どうして私が硝子であり得やうか 貴女は私の夢が如何なる指紋をも残さないといふこととこの犯罪にある類似(例へば蝶と花粉の如き)を見出さないであらうか また私の夢がどうして生きてゐないだらうと言へるだらうか 私の夢は私と全く無関係に生きてゐる 私においてさえ屢々彼が私を殺害するのではなからうかと暗示を受ける程である 風の如きまた自在風車の如き彼の理性は全く彼の理性 彼は理性のみである 澄明な発狂の夕暮に彼の光る ABSENCE は彼の真理の汚点である おお眠れ すべてのハムレットの霊魂をもつた草花等よ さて私は七里靴を穿いた そして ZEUS よ 私は汝に面会する((まあ この星月夜に何たる夥しい溶岩の落下))この光景が私に閃いたときそれは汝の巨大なる頭の円筒から生誕するあらゆる天体達であつた 太陽就中太陽は汝の最大の傑作であつた 汝の頭の円筒のなかの凄じい機関よ 汝の巨大なる頭の永遠の CHAOS よ 私は睡眠の青白いトンネルをぬけて汝の頭の永遠のなかに十字の雪の降つてゐるのを認める人間である いますべての不思議なる射撃は行はれる 然しそれらは直ちに理解されるのである



(冨士原清一詩集『魔法書或は我が祖先の宇宙学』所収、鶴岡善久 編、1970、母岩社/初出は『詩と詩論』第7号、1930.3)
※本文中のルビはBloggerフォーマットの都合上、当該語彙の直後に小フォントで()に入れて表記した。

今日、9月18日は瀧口修造や山中散生とともに、戦前期の日本にシュルレアリスム詩を普及させた詩人・冨士原清一の命日である。
1908年(明治41)1月10日、大阪市大淀区に生まれ、旧制北野中学、法政大学仏蘭西文学科を卒業。1937年(昭和12)~1942年まで第一書房編輯部に勤務したが、親しい同僚にも自分が詩人であることを語らなかったという。その後、国策調査・研究機関である太平洋協会に勤務。太平洋戦争末期に神戸から出征し、1944年9月18日に戦死した。
瀧口修造、山中散生らとともにシュルレアリスム詩運動の中心にいながら、伝記的事実には分からないことが多い。

暦を調べたところ、冨士原が亡くなった日の月相は新月であった。

※鶴岡善久「冨士原清一論 ー超現実から危機意識へ」(澤正宏・和田博文 編『日本のシュールレアリスム』1995、世界思想社)




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