道頓堀からの通路と千日前からの通路の角に当たっているところに古びた阿多福(おたふく)人形が据えられ、その前に「めおとぜんざい」と書かれた赤い大提燈(おおぢょうちん)がぶら下がっているのをみると、しみじみと夫婦で行く店らしかった。おまけに、ぜんざいを註文すると、女夫(めおと)の意味で一人に二杯ずつ持って来た。碁盤の目の敷畳みに腰をかけ、スウスウと高い音を立てて啜(すす)りながら柳吉は言った。「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか太夫ちゅう浄瑠璃のお師匠はんがひらいた店でな、一杯山盛りにするより、ちょっとずつ二杯にする方が沢山(ぎょうさん)はいっているようにみえるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」蝶子は「一人より女夫の方が良えいうことでっしゃろ」ぽんと襟を突き上げると肩が大きく揺れた。蝶子はめっきり肥えて、そこの座布団(ざぶとん)が尻(しり)にかくれるくらいであった。
織田作之助「夫婦善哉」(1940年/テキストは新潮文庫版による)
蝶子(淡島千景)と柳吉(森繁久彌)
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