2012年9月6日木曜日

究極Q太郎「伝説のラッパー ~風船おじさんに捧ぐ」

行列ができる店の
行列の前で

路上のラッパーが歌った。

「そんなところに
ならんでないで
走り出そうぜ」

人々は聞いちゃくれない。
なんという石頭どもだ。

耐え難きを耐えて忍んで
順番が来る時をじいっと待ち続けた
ここまでの苦労を
フイにするのが癪なのかな。

そう思って、ラッパーは即座に詞を変えた。

「それが嫌なら
せめてその場で
踊りだそうぜ」

誰一人聞いちゃくれない。
ふふんっと鼻先で笑うばかりさ。

連中は自分で踊ることを知らず
シホンシュギ社会に踊らされている田舎者だ。

・・・てなわけでラッパー
とうとう愛想つかしたのか、
踊りながらどっかへ
走って行ったよ。

新木場、波打ち際に
テントを張って十余年。

東京都港湾局から
土地の不法占拠を警告されている
小笠原さんはある時
踊りながら走ってきた何かが
波打ち際で踏み切って
勢い良く飛んで行くのを目にした。

「ヒップ」といって海の彼方へ
跳んで行くのを見た。

そうしてハワイ諸島がある辺りを
着地した次の足で蹴って
「ホップ」といって跳び去って行くのを遠目に見た。

それから次第にゴマ粒ほどに小さくなった人が
目見当でみておよそLA辺りで着地するや

「ジャンプ」と空耳のように微かに言って
今度は斜め横に蚤のように跳びすさっていくのを
カリブーを追う極北の狩人さながら
まじまじと凝らした目でようやく見た。

・・・それから

ラッパーは多分、
ユカタン半島かカリブ海のどこかの島に
力尽きて軟着陸したのかもしれない。

それがいきなり空から降ってきて
あの恐竜どもを絶滅させた
白亜紀最後の隕石の正体とも言われているが

そんなことはあるまい。
あれは、ずいぶんと前の話だから。

けれども、

ルチャドーレのように常に覆面をしている
サパティスタ民族解放戦線の
マルコス副司令官の正体が、実はあの
ラッパーであるという説は、捨てがたい。
義経が大陸に逃れて、チンギス汗になった説
みたいだが。

それとも

ジャマイカ、キングストンの
移動ディスコで

心地よさげにガンジャをきめて
アッパラダンスを踊っていた
中国人の話は多少気になる。

日本人はよく、外国では中国人と間違われるから

ひょっとするとそれが

あの、伝説のラッパーかもしれない。




◆『究極Q太郎の詩集』(2005年10月,一〇〇〇番出版)所収。





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