沈黙が凍りついてゐる
部屋は四角だ
花があって
顔があらはれて
2
空気は動かない
摩天楼(スカイスクレエパア)の間で
仮死のやうに
人が膚もあらはに流れる
3
地図はにじむ
とある時間を示す
赤い斑点
若さを記すもの
4
煤が紙のうへにとまる
小さな運命だ
指をよごす
黒い煙幕
5
軍用鳩の雲垢(ふけ)のやうな塊り
恐怖は建物の中にある
胸の笛を鳴らして
うろたへる彼等
6
鋏は夜を裁つ
上着を吊す壁の正しさ
うつむく女の肩に
時間はとまる
7
造園学校をめぐる朝餐
空にあがるタイプライタアの声声
桑の木がゆれる
支配人(マネエジヤア)の髭に
8
雨と闘ふバラの花
蹴合ひをした鶏の抜け落ちた羽を吹いて
風は
透きとほる雨外套(かっぱ)の中に女学生をみつけた
9
インクに影がある
森のやうに
電灯(でんき)をつけて
獣(けもの)たちもかけ廻る
10
電球の光を近づける
花の呼吸を調べる
夜を読む
深さを測る
時間(タイム)の秤のうへのこと
11
たち割れたコツプの極寒地帯に沿って
折れて支へる花の頭
12
夜は熱い紅茶茶碗の縁(ふち)に集まる
口唇(くち)を近よせながら
眼と時間とをはからつて
さつと一匙の雲をすくひあげる
(詩集『 一匙の雲』〔1932年〕所収、ボン書店刊。テキストは『竹中郁全詩集』〔1983年〕より)
『一匙の雲』初版書影(表紙写真はモホイ=ナジ)。編集・鳥羽茂、発行・ボン書店。
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