2012年4月23日月曜日

竹中郁「留針(ピン)で捕へた煤ら ~デッサン集」




沈黙が凍りついてゐる
部屋は四角だ
花があって
顔があらはれて





空気は動かない
摩天楼(スカイスクレエパア)の間で
仮死のやうに
人が膚もあらはに流れる






地図はにじむ
とある時間を示す
赤い斑点
若さを記すもの






煤が紙のうへにとまる
小さな運命だ
指をよごす
黒い煙幕





軍用鳩の雲垢(ふけ)のやうな塊り
恐怖は建物の中にある
胸の笛を鳴らして
うろたへる彼等





鋏は夜を裁つ
上着を吊す壁の正しさ
うつむく女の肩に
時間はとまる





造園学校をめぐる朝餐
空にあがるタイプライタアの声声
桑の木がゆれる
支配人(マネエジヤア)の髭に


雨と闘ふバラの花
蹴合ひをした鶏の抜け落ちた羽を吹いて
風は
透きとほる雨外套(かっぱ)の中に女学生をみつけた


インクに影がある
森のやうに
電灯(でんき)をつけて
獣(けもの)たちもかけ廻る

10

電球の光を近づける
花の呼吸を調べる
夜を読む
深さを測る
時間(タイム)の秤のうへのこと

11

たち割れたコツプの極寒地帯に沿って
折れて支へる花の頭

12

夜は熱い紅茶茶碗の縁(ふち)に集まる
口唇(くち)を近よせながら
眼と時間とをはからつて
さつと一匙の雲をすくひあげる




(詩集『一匙の雲』〔1932年〕所収、ボン書店刊。テキストは『竹中郁全詩集』〔1983年〕より


『一匙の雲』初版書影(表紙写真はモホイ=ナジ)。編集・鳥羽茂、発行・ボン書店。



0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。