2013年3月15日金曜日

浮田要三「『きりん』の話」より

竹中郁と井上靖が主宰した児童詩誌『きりん』(1948年創刊)は戦後民主主義を背景に、具体美術協会のメンバーや文学者、教育者が数多く関わることで詩と絵を通じて子どもの創造性をはぐくむ運動を広げてきたわけですが、編集の中心人物であった浮田要三さんは大きな困難を引き受けていました。その浮田さんが綴ったエピソードを紹介します。

少数ではありましたが、頑固な『きりん』の支持者に支えられて星さん※1も浮田もなんとか『きりん』の刊行を続けてまいりましたが、打っても響かない現象は、ボクにはどうしようもないと考えて、ある日嶋本さん※2に止めようとするボクの心境を話しました。その時、嶋本さんから「浮田さん、役に立たない本をつくろう」と真顔でいわれたのには、ドギモを抜かれた想いがいたしました。考えてみれば、文化は眼前の事態に、すぐには役に立ちません。文化はそれ自体、金儲けもいたしません。それこそが文化であると、改めて悟ることができました。また嶋本さんがそんな大切なことを教えてくれたように思いました。まもなく駄目になるであろうと予測はしておりましたが、ボクは二年分の元気をもらいました。そして、その後二年間『きりん』をつづけました。「役に立たない雑誌」とは旨いこといわれたものです。そして、またボクの脳裡に思い出されたのが井上靖さんのコトバです。「世界でいちばん美しい雑誌をつくりましょうや」ということです。
この嶋本さんの「役に立たない・・・」というコトバと、「世界でいちばん美しい」というコトバの間に違いがあったのでしょうか。
ボクはそうは思っていません。嶋本さんのいう「役に立たない」というコトバは、それ以上純粋なものはないということで、それこそが、井上靖さんのいわれた「世界で一番美しい雑誌」と、思想において合致するわけです。
『きりん』には、自由の思想と、哲学的なエゴイズムが一貫していたことで、人間の為し得る最も強い、悲しいけれども美しい魂の表現があったと考えております。
浮田要三「『きりん』の話」(『「きりん」の絵本』所収,2008年,きりん友の会)


※1 星芳郎さん。浮田さんとともに『きりん』を編集。
※2 嶋本昭三さん。具体美術協会。


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