シリーズ「法を説く百合」から2点出展されたうちの一枚(1455×2273) 。
クリスティナ・ロセッティ 「花の教」(上田敏訳)
心をとめて窺へば花自(おのずか)ら教あり。
朝露(あさつゆ)の野薔薇のいへる、
「艶(えん)なりや、われらの姿、
刺(とげ)に生(お)ふる色香(いろか)とも知れ。」
麦生(むぎふ)のひまに罌粟(けし)のいふ、
「せめては紅(あか)きはしも見よ、
そばめられたる身なれども、
験(げん)ある露の薬水を
盛りさゝげたる盃ぞ。」
この時、百合は追風に、
「見よ、人、われは言葉なく
法を説くなり。」
みづからなせる葉陰より、
声もかすかに菫草(すみれぐさ)、
「人はあだなる香(か)をきけど、
われらの示す教暁(さと)らじ。」
(テキストは岩波文庫版『上田敏全訳詩集』より。漢字は通用字体に変更)
百合の写真をプリントした布に、パステルと銀箔によって気体のようなものが描かれている。大判でありながらまったく威圧感はなく、離れても近づいても、平面と視覚とはつねにつり合い、立ち現れるイメージは穏やかに馴染んでゆく。
花であること、モノクロであること、そして画面に漂う気体のようなものがその心地よさを醸しているのだろうか。
作家の意識に感受され描かれた気体のようなものとは、花と人との間にあって、生気的に躍動しながら知覚に触れたり触れなかったり、ときには結び合う、アウラの動きそのものなのだろう。
長きにわたって読み継がれてきた上田の訳詩との邂逅。
訪れるロセッティの詩魂、
彼方の百合とカサブランカ。
銀箔のきらめきは、時空を超えて響き合うモナドのきらめき・・・
◆MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w (京都・東九条西岩本町) 9/14~9/28
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