2012年1月27日金曜日

多田ユウコ写真展「やたらびゃうしにのべびゃうし」 於、The Third Gallery Aya (大阪・江戸堀)

「やたらびゃうし(八多羅拍子)」も「のべびゃうし(延拍子)」も、ともに雅楽における拍子の取り方の用語であり、言霊的なものとして付されたこのタイトルは展示作品に通底する価値を象徴しているようだ。

遠いものと近いもの、動くものと止まっているもの、さらにはその中での異なる位相における対極性を同じ平面上に描写することで、それらの間(あいだ)にある間(ま)と呼ばれる価値の表現を、多田さんは試みる。

この間(ま)というものを日本独自のものと考える多田さんにとって、その導きとなるのが神道なのだそうだが、日本の基層信仰の中に淵源を見るという立場取りは多田さん自身のアイデンティフィケーションでもある。

画面に描写された、遠いものと近いもの、動くものと止まっているものとの間(あいだ)に明瞭なイメージが顕現することはない。どの作品も画面構成はいたってシンプルで、ねらいとするものを視覚イメージとして直示するわけではないのだ。
だが、その間(あいだ)にあるなにものかへと、意識を誘う力が確かにある。

間(あいだ)にあって、決して定位することのないゆらぎを探求しているのだろう。

現前するものの垂直化・階層化された秩序ではなく、水平的な秩序を見出す多田さんの実践を〈視線の詩学〉として捉えてみたい。そのように思った。


(以上の二枚はDMの表と裏)


The Third Gallery Ayaにて
2012.1.28(土)まで

NIJI-PROJECT #01 「屯鶴峯 × 飯田あや × √thumm」


藝育ディレクター・やまもとあつしさんがプロデュースする”NIJI”プロジェクト。その映像第一弾「屯鶴峯(どんづるぼう) × 飯田あや × √thumm(ルートサム)」が公開された。
屯鶴峯は奇岩で有名な景勝地であるが、この地下には強制連行された朝鮮人労働者によって建設された総延長2㎞にもおよぶ巨大な地下壕「陸軍航空総軍戦闘司令所」が存在することは意外と知られていない


だが、そのように場に刻印された負の記憶を超えてゆく象徴としての景観美-悠久の時の流れによって形づくられた-、その潜在的な力を表現者の力によって引き出すというのがこのプロジェクト第一弾が目指すところであろう。



2012年1月26日木曜日

ジョン・バージャー『見るということ』より

「いかなる芸術家の作品でも一つの真理に還元することはできない。芸術家の一生のように――あるいはあなたの一生でも私の一生でも――生涯の作品はそれ自体が有益な、あるいは価値のない真実を形づくる。説明や分析や解釈は、作品に注がれる観る人の関心を鋭くする助けとなるための枠組みであり、レンズに過ぎない。より明瞭に見る助けになることこそ批評の唯一の価値である。」


ジョン・バージャー『見るということ』186頁(飯沢耕太郎監修・笠原美智子訳,ちくま学芸文庫[原著は1980年刊])

2012年1月22日日曜日

「メルヒェンとメルヘンVol.1 ハーメルンの笛吹男」 於、乙画廊(大阪・西天満)

1284年聖ヨハネとパウロの記念日(6月26日)に、ドイツ・ザクセン地方の小さな街、ハーメルンの子どもたち130人が失踪するという事件があった。この事件は街の人々に大きなショックを与え、その後もトラウマを残しながら伝説化していった。それが、奇妙な衣装を身に纏った笛吹男に子どもたちが誘引され失踪したという著名な童話「ハーメルンの笛吹男」である。
現在、乙画廊(おとがろう)で開催中のこの展覧会は「ハーメルンの笛吹男」をテーマに、8人の作家が独自の解釈や変奏、あるいはそれぞれの精神世界との重なりを表現した作品を集めたものである。


長尾紘子さんの五枚綴りのペン画(写真は右側の3枚)。笛吹男ではなく“笛吹女”(写真左端の絵)に変奏されたストーリーが、五つの絵によって展開される。この絵が丸ペンで描画されたものであるとはにわかには信じられないくらいの細密さ。筆致を確認するにはルーペがなければ不可能だった。


石原朱麻さんのペン画「marjoram」。木枠に彫刻を施し、石膏粘土と樹脂で塑造した額も自作。その細部はおぞましいものや可愛いものなど様々なシンボルが稠密に配されている。絵と額、両方同時には意識を集中することができないため、別々に眺めた後で全体を見渡すと、この作品の異なる位相のそれぞれにおいて、ある種の対極主義が徹底されていることに気づく。


「少女のエロティックな黒いメルヘン」をモチーフに制作をする古川沙織さん、「初春燕返し」。鈴木創士さんの跋文が添えられた古川さんの画集『ピピ嬢の冒険』(2011,書苑新社)は会場で購入できる。特典はサイン、ポストカード、ミニアチュール。



ここで紹介したものはほんの一部である。個々の作品の魅力もさることながら、作家の選定や作品の配置など今回の企画は乙画廊オーナー・渡辺良隆さんのすぐれた編集センスが窺える。可能な方はぜひ足を運んでみてほしい。


★★★★★

出展作家:石原朱麻、岩澤慶典、こうぶんこうぞう、榮真菜、清水真理、長尾紘子、福長千紗、古川沙織
会期:2012.1.20(金)~1.28(土)

乙画廊
大阪市北区西天満2-8-1 大江ビルヂング101



この伝説に興味のある方は、阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男 -伝説とその世界』(ちくま文庫)もぜひ。

2012年1月15日日曜日

ナカタニユミコ個展「ファンタジック・センチメンタル」 於、はなや北川(奈良市高畑町)




絵画作品は全てアクリル画で、キャンバスの布目が強調される白くかすれたマチエールは一瞥すると擦ったようにも見えるが、描画の仕上げに白い絵の具をローラーで引くことによって得られた効果である。


布目の白いかすれは、絵画イメージが強力に押し迫らないよう配慮された演出であり、これにより鑑賞者の目を惹きつける引力が緩やかに生じる。


パステル色・蛍光色が一見して印象づける“女の子っぽさ”。そのキャッチーな印象にかかるバイアスについて、もとより作家は自覚的である。
もちろん、これらの作品によってアウラが満たされた空間の、“女の子っぽい”雰囲気の心地よさに浸るのも、楽しみ方の一つであるには違いない。なにしろ、ほんわかとした雰囲気はナカタニユミコ作品の大いなる魅力なのだから。
ところが作品たちが佇む空間に感覚をさらし、意識的に視線をキャンバスに落とせば、そんな皮相な印象ではけっして片付けられない深みに気づくことだろう。

古民家を移築再生させた会場の渋さも、その気づきのためにはプラスに作用しているようだ。


いつかどこかで見た記憶の残像が記号化された形象、それは一枚の絵の中でも反復され、異なる絵の中でもまた反復される。形象は記憶を呼び覚ますシンボルとして、意識の深層へと通じる扉を開く鍵となる。


記号化された形象、そのラインはシャープなものでありながら、穏やかで柔らかな印象を瞼に残す。とはいえ、一つ一つの細部を現象学的に記述し、説明など加えようものなら一気に興醒めしそうなくらい、醸し出されるアウラは繊細である。
そのような記号を集積することで構成された風景は、鑑賞者の意識の内奥において、イメージのナチュラルな変成を催すのだ。

鑑賞した人それぞれが、それぞれ固有な経験に裏付けられた異なる記憶を喚起する媒介として作品がそこに存在するのだとしたら、それは記憶共有のメディウムとしての芸術であるとはいえまいか。
だがここで注意が必要なのは、共有される記憶が、マスメディアによって流布される類のセンセーショナルな事件やナショナルな儀式、あるいはマスカルチャーといった人々の暮らしとは無縁な高みから降りかかってくるようなもの、または何かしら特定されたものではないということだ。いや、あるいは人々がマスな出来事に常日頃さらされているという程度(流行の風俗など)には重なることがあるかもしれない。
だがしかし、ここで共有されるのは、個人的でささやかなもの、それゆえに人それぞれが心の成長において意味をなした個々の出来事を想起する回路、それ自体なのである。

ところで元銀行強盗でありながら、獄中でジャック・デリダに弟子入りしたという特異な経歴を持つ哲学者ベルナール・スティグレール(仏ポンピドゥーセンター文化開発ディレクター)は、テクノロジーの進歩によって人々の知覚が変容をきたし、その結果、知的な生の成果(概念・思想・定理・知識)と感覚的な生の成果(芸術、熟練の手仕事)=〈象徴〉を産み出す力が貧困化した現代の有様を〈象徴の貧困〉という言葉で言い表した(メランベルジェ夫妻訳『象徴の貧困』2006,新評論)。この〈象徴の貧困〉はわれわれから〈自分を愛すること〉〈共にあること〉といった人間にとって大切な感覚を奪っていくものであるが、作品が記憶を共有するメディウムとして立ち上がるのなら、この感覚を回復するものという意味で芸術が本来もつ力を体現しているといえるのではないか。

作家は言う、

「人の郷愁を誘うことを制作のモチーフにしたかった」

「未来を共有することは難しいが、過去は共有することが出来る」

と。

作品を仲立ちに過去を共有すること、それは今現在、〈われわれ〉が〈共にあること〉への想像を促し、未来への希望をひらくことである。




雲形に水玉と星形を配した近作。これらの記号は作家の心象におけるミニマルなシンボルだろうか。
作家によるとこれは音をイメージしたものなのだと。
雲形が低音、水玉が中音、星形が高音?などと想像するのも楽しい。



会場にて公開制作中の屏風は2/4(土)に開催されるライブペインティングにて完成の予定。



ナカタニユミコ個展 「ファンタジック・センチメンタル」
2012年1月6日(金)~2月7日(火)、10:00-17:00  

お茶どころ・ギャラリー はなや北川 (定休日:水・木) 
http://www.geocities.jp/hanaya_yoshida/