2017年7月20日木曜日

後藤和彦「野原」「未来」(詩集『明日の手紙』所収)

「野原」

レタスを食べ過ぎて
へそからスイカが生えてきたってのは聞いたことあるけど
紙飛行機を作りすぎて
家に帰る道を忘れてしまったなんて聞いたことない
友達になってほしいとは思うけど
カーテンレールでターザンするのはやめてください
ぼくはおこられたくないからね
氷の上をスケートしていく背中を見つめながら
これはもしかしたら恋かしらと思う
だってあのぼんぼりのついた帽子がとってもかわいいんですもの
そう考えてこれはいけないぞと思う
電話をかけてみたらそっちは夏のそうで
ぼくらの見てるものは
虹でもなんでもないそうだ
だったらいい匂いがいっぱいすればいいのに
自分の手がたんぽぽのわたげみたいになるように
はにかんだのは

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「未来」

地球は遠いから
海の中は青でいっぱい
絵の具の底から
声が沸いてる

未来の中にはみずたまりがあって
そこにちいさなひとひらのような
うすももの花
未来にしか咲かない
ひとつだけの花

今にもきっと声がおちてくる
水いろの炎が街をつつんで
夜になっても月は来なかった
遅れているらしい
だれかがいっても
みんな聞かない
忘れていたから

夜の空は水色だったか
あかねのようなあまさがあったか
しるせないようなきむづかしさもあったか
目を開いているとそのことが聞ける

だれも水たまりの中では 足を動かさない
未来に歩いていると声がふるえる

地球のはしに だれかのための
ちいさな橋が渡されている

まるいようなそうではないこの星の
そのさきまでを歩くには
湿った靴がないとぼくたちは歩けない

靴がほしいと
子どもが泣いてる

きのうに見あげられながら


(後藤和彦詩集『明日の手紙』所収、2016年、土曜美術社出版販売刊)





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(前略)
ここには現存在の夢語りが衰えてしまって久しい世界の、シビアな危機意識と、それでもなお続く人生、そして未来世代への信頼に満ちた落ち着きがある(中略)。
 彼が住処とするのは宮沢賢治のようでいて、グリム兄弟や倉橋由美子のような童話の世界であるのだろうが、いずれにもせよ「レタスを食べ過ぎて/へそからスイカが生えて」(詩「野原」)くるような事態が日常化した世界である。彼の現実感覚が繰り出す言葉は、消え去りゆく現在と、崩れゆく世界への楔でもあることを銘記しておこう。我々、誰しもが目の前にあると信じて疑わない世界と、彼が生きる童話の世界とが重なる時空にぽっかりと開いたのが、彼の詩群である。
 『マルメロ硯友会』『紫陽』『酒乱』などの詩誌で長年にわたってすぐれた活動を続けてきた彼の活動姿勢には、美学的判断の基準として無意識裡に詩人たちの理性を蝕む美学の体制を突き抜ける、潔さが一貫してある。多くの表現者たちが囚われている、権威化した諸価値の体系(オトナの体系)は、そもそも芸術一般が擁護する価値とは真逆を向いているのだから、共感が誘われる地点から我々の実存が問われることになる。
 「未来の中にはみずたまりがあって/そこにちいさなひとひらのような/うすももの花」(詩「未来」)、それが「未来にしか咲かない」ことを我々詩人は誰も疑わないだろう。だが、「だれも水たまりの中では 足を動かさない」のだ。それがなければ歩くことができないという「湿った靴」はどこにあるか?

(京谷裕彰「子どもとオトナ」より[『詩と思想』2017年4月号所収])




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2017年3月14日火曜日

詩誌『EumenidesⅢ』53号


表紙装画:栗棟美里《キャベツ/Cabbage

【特集:私の詩と詩法】
平川綾真智
「楽譜という詩学」(論考)
「プレクトラムf」(詩)

【論考と詩】
小島きみ子
「現代詩の広い通路へと」(論考)
「〈他者〉の痕跡」(詩)

【詩】
広瀬大志「最後の詩篇」
小笠原鳥類「安全で安心なアマゾン」
松尾真由美「溶けて泳いで咲いていて」
高塚謙太郎「白い冬」
海野今日子「アブサン土偶」
京谷裕彰「いまにバキュームカーが逆噴射するぞ」
藤井わらび「99%」
海東セラ「羽ばたき」
山本崇太「アンジェイ"セシル"ノワレト自伝」
小島きみ子「僕らの、「罪と/秘密」の金属でできた本」

【詩誌評・詩集評】
小島きみ子「年末から新年にかけて読んだ詩集と詩誌」「未来の読者に手渡す詩集」

【あとがき】

◆2017年3月20日発行
 A5判64頁 600円+ 送料
 編集発行人:小島きみ子 
 購読のご希望は eumenides1551◎gmail.com (◎→@) まで

2017年3月8日水曜日

ウィリアム・モリス『民衆の芸術』(1887年)より


芸術がなかったならば、われわれは多くの時代についてほとんど何も知らないことになったであろう。歴史は、破壊を行ったがゆえに、王様や武人のことを記憶している。芸術は、創造を行ったがゆえに、民衆を記憶しているのだ。

◆ウィリアム・モリス『民衆の芸術』(中橋一夫訳、1953年、岩波文庫〈原書1887〉)


2017年3月7日火曜日

「われわれのデモクラート美術家協会について」(1952年)

創造の精神は本来来(くる)ものをも妨げず、何ものにも妨げられない独立と自由の精神から生まれるもので、これこそ形式や流派を離れて本質的に前衛の精神なのである。
われわれがかかる眼で日本の画壇を眺める時、果して画壇はわれわれの創造の精神を、より自由に解放してくれる場所であろうか。
大公募展の組織とその組織が必然的に生み落した政治的な
かけひきはわれわれの独立精神をおびやかし芸術家に自由の放棄を迫って少しも怪しまない状態である。
このような
創造とはおよそ縁のない、むしろ逆方向の精神に依存しながら制作することの如何に困難であり如何に絶望的なものであるかを我々は身をもって体験して来た。
われわれははじめ画壇の中にあって志を同じくするものと協力し、漸進的に組織の上部に働きかけ画壇を少しでもよい方向にむけようと試みた。しかしその考えが如何に甘いものであるかわれわれはやがて知らねばならなかった。こうした世界にあっては善意に根ざす協力は不可能であり、真摯な努力は隠然たる彼等の組織力にいつか併呑され、われわれの叫びは彼等の嘲笑の中にかき消されてしまったのである。そこでわれわれは一歩後退することを余儀なくされ、沈黙と孤立をまもりとうそうと試みた。これはつねにわれわれの良心が許し得る最後の場所でなければならない。しかしここでもわれわれは包囲され、無言のままほうむり去られてしまった。
審査、そして落選、彼等の画風――それは暗黙のうちに会を独裁し、一切の革新的なものを異端視する形式主義あり、すべてを独裁する黙契であるが、その画風にそわないものは会場で民衆の視線と語りあわない前に、闇から闇へとほうむり去られたのである。
もしこれ以上われわれが描きつづけるとすればわれわれは画壇にあって名声を獲るために芸術家の精神を放擲するか、妥協をきらって一生日かげで独り描きつづけるかのいずれかを撰ばねばならないだろう。前者は
創造精神を放棄した以上、画家であることをも放棄したのであり、後者はあまりにも消極的であって、彼の画面からは、恐らく現実逃避の弱々しさと、造形性貧困以外の何ものも生まれないだろう。
そこでわれわれは第三の道を撰んだ。この道こそ条件の中で、積極的な創作活動をまもる唯一の道であることをわれわれは過去の経験と、思索と、魂の希求と、敗れ去ったひとりひとりの歴史から確信するに至ったものである。
われわれは、われわれの創作活動をまもる組織を、最後までまもりとうすため、少しでも多くの協力者と手をつなぎたい。

デモクラート美術家協会
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※漢字・仮名遣いは現在通用のものに改め、読みやすくするため()内に読みを補ったり、明らかな誤植を改めるなどしている。

写真は久保貞次郎『瑛九と仲間たち』(1985年、叢文社)より。