再開発の波は鬼放舎のすぐそばまで・・・。
お庭にはコルチカムの花が僕らの訪問に合わせてくれたかのように満開でした。
90歳をお迎えになるダダカン先生は大変お元気で、数々のオブジェがならぶ名高い応接間に通してくださいました。この二年ほどの文通でそのやさしいお人柄をいろいろ想像していましたが、こちらの想像を遙かにこえる器の大きさ、聡明さです。
まずは先日の奈良アートプロム(NAP)のご報告を。
ビラやガイドマップ、それからたくさん撮った写真をプリントしてプレゼント。machi/さんや大橋範子さん、加藤笑平さんのパフォーマンスや天野伊都子さんのオブジェの写真をとくに興味深くご覧になっていました。アートをみるときのその眼差しの鋭さや笑顔には本当に魅了されます。若い表現者たちが集まって何かをするということを、根源から肯定してくださるお方です。
出たばかりの、黒ダライ児『肉体のアナーキズム』(grambooks)をご紹介くださり、ここから60年代、70年代の前衛芸術についてのお話になりました。この本は行為芸術の前衛にあったアーティストたちの詳細な記録文献で、パフォーマンスという一回性に宿命づけられた表現の性格ゆえ、これまで記録が散逸したり都市伝説化したりしがちだったものを、はじめて実証的な方法で総合的に論じたものとして、先生も高く評価されていました。760頁にもおよぶ真っ黒な大著で、巻末には詳細な年表が付いています。4200円ですが、この大冊でこの値段というのは版元の英雄的行為といえましょう。
写真や新聞・雑誌記事など当時を物語る貴重な資料は丁寧にファイリングされ、僕らがすぐに閲覧できるようご用意くださっていたのですが、それを適宜参照しながら、当時のエピソードやお部屋の中にあるオブジェやコラージュの由来などを熱く、そして楽しそうにお話くださいました。本当に胸躍るお話の展開で、あらかじめ質問事項をまとめたりしてきた僕の準備などはすべてふっとぶほど。
来訪者によるパフォーマンスの写真も。
居間に移動し、壁にあるさまざまなものについての説明を。
公安がかつて埋め込んだ盗聴器の跡。
壁には訪問客の記念サイン。椹木野衣さんのは二ヶ所ありました。
1968年、「セバスチャン」でのゼロ次元との共演(平田実撮影)。この写真下の壁の余白に僕らもサインさせていただきました。加藤好弘さんらゼロ次元のメンバーの何人かとは今でも懇ろな交流が続いているそうです。
うんこ詩人の「ダダカンさんにとってチ★ポとはなんなのでしょうか?」の質問に一瞬ニコリ。ですが、それに対する言葉による明確な答えはなく、ハサミとファッション雑誌をとりだし頁を切り取って・・・。
そしてこれまた名高いペーパーペニスをひょいひょいひょいっと鮮やかに作り上げました! 因みにこの雑誌、かの有名な高級ファッション誌『VOGUE』です。
黒ダライ児さんの本に。帰宅後、竹村が調べたところ、この表紙のネガ写真はダダカン先生の若き日の姿でした。
僕が着てたネグリと愉快な仲間Tシャツにも。ドゥルーズさんもさぞお喜びのことと思います。ちなみにこのTシャツの作者はダダカンTシャツの作者でもあるRLL。
その後もいろいろ歓談は続きましたが、話が少しとぎれたところで「それではこれから儀式を!」と。あの噂の裸儀!かと興奮しましたが、大変なご高齢なのでご無理をさせてはいけない、遠慮しなくては、と逡巡する暇もなく、嬉々とした表情のダダカン先生の勢いに押されてしまいまいた。そして再び応接間へ。
亀頭に赤く塗った卵の殻を装着して現れた先生、椅子に座って食紅でお腹に逆ハートを書いています。写真を公開することは出来ませんが、この後、椅子の上で三点倒立で開脚する「殺すな儀」。これで逆ハートは正ハートに。僕も袋男で応答しました。
もの凄い気迫でした。先週フランスから訪れた前衛美術研究者のブルーノ・フェルナンデス氏にも披露されたとのこと。
これをしている間は真冬でも全く寒さを感じないのだそうです。どうかご無理はなさいませんように、と申し上げたのでしたが、「これは独自の健康法なのです」と先生はニコリ。
その後、セーターに着替えた先生はダダカンケーキでおもてなしくださいました。「ダダカンケーキをつくりましょう!」と、言ったときのあの表情、とっても素敵でした。炊飯器に卵・小麦粉・砂糖などをおとしてかき混ぜ、そしてセット。
ケーキの出来るのを待っている間、ベトナム戦争に抗議して首相官邸前で焼身自殺したエスペランチスト・由比忠之進を追悼する儀式(1967年12月、新宿駅西口。松江カクの「クロハタ」グループによる)についてのお話をお伺いしました。この写真の後列左から二人目、黒ずくめでサングラスを掛け、合掌しているのがダダカン先生。
最後尾、モヒカン姿。
ただのモヒカンではなく、後ろ十字モヒカン(写真は警察による事情聴取)。この儀式のために、自宅斜向かいの床屋でこの髪型にして仙台からかけつけたそうです。その床屋(理容クサカリ)は今でも営業されています。(以上、三枚の写真は平田実『ゼロ次元 -加藤好弘と60年代』より)
ダンディです!
出来上がったダダカンケーキ。
先生が興奮気味に「今日の出来は最高!」とおっしゃったとおり、素晴らしいお味で、ひとくちひとくち味わっていただきました。
ご負担をかけてはいけないので長居はすまいと心に決めてきたのに、引き留められるままついつい長居して気がつけば夕方に。鬼放舎から徒歩5分のユースホステル「道中庵」に宿をとっているという話をすると、先生、大喜びで「道中庵まで送っていきましょう!」と。恐縮している僕に「今日はまだ外に出ていないので・・・。歩かないと衰えますから」と先生。遠方からの来訪者に、よく道中庵をお薦めするそうです。
理容クサカリ。
道中庵にはケヤキなどの大樹が多数。ダダカン先生からして何千年もの風雪に耐えてきた老樹のような方ですのに、その先生が木に手を触れその立派さを愛でる姿をみていると、まるで森の妖精が木と戯れているような印象を受けました。道中庵までの道中、本当に夕陽が綺麗で、まるでこの瞬間のためにすべてが僕らに味方してくれたかのような・・・。
道中庵玄関ホールでの記念撮影。この日は本当に奇跡のような一日でした。
(つづく)
※写真撮影、動画撮影、それらのNet上での公開にいたるまで、すべてダダカン先生ご本人からご快諾いただいています。
報告会してほしいっす!大橋。
返信削除ぜひぜひ!
返信削除うーん、神としか言いようがなかったね。歴史上いちばん近い人物で言えば、イエスかな。イエスもたぶん、エロスだったんだろうな。弟子が真面目すぎたから『聖書』はエロ本にならなかったんだろうな。
返信削除同感。確かにイエスにそっくりだった。これまでの人生で、本当に解脱していると思える人物に初めて出会った!
返信削除ブッダも実はこんな感じだったのかもね。