《鱗の家・祝い・パスタ》2016,アクリル絵の具/ドンゴロス
行さんといえば、ドンゴロスを支持体にパスタなどの食がモチーフになった空想的な油彩画を描く作家として知られているが、神戸にちなんだ新作シリーズはすべてアクリル画でかろやかなマチエールと祝祭的な雰囲気を醸している。
視覚を通じて味覚や嗅覚を幻のなかで知覚し、命を育むものである食物を象徴化して描くというスタイルは変らない。
地平線が描かれた従来のシリーズも会場に並べられており、その対照性も楽しめる。ちなみに、日本の絵画において地平線が描かれるようになったのは、1930年代にダリの絵画(図版)が紹介されたことや満州への進出が契機といわれているが、これは地平線の向こう側にユートピア的なものを夢想する心理があったからだという。
行さんの絵の中の地平線(あるいは水平線)もまた、夢想が赴く彼方にある、理想的ななにがしかを象徴するものとして無意識裡に採用されたのであろう。
さて、そもそもドンゴロスという麻布を支持体に使い始めたもは「どんごろす」という音の響きがとても面白かったからだそうで、その語感が気に入って使い始めたところ、生(き)のままの質感に魅入られていったとのこと。
その行さんの絵は、ドローイングの線から遷移したと思しきパスタがずっとモチーフであり続けているかと思うと、別の絵では蕎麦になったり、リボンになったり、よくわからない装飾的な模様になったり、ひとつの絵の中で展開したり、あるいは別の絵に跨がったりしながら、自在に変化する。
制作時期によって多少違いはあるものの、行さんの絵の中ではモチーフが語感から連想されたり、形象の類似性から連想されたりしながら、イメージは換喩的に転位してゆく。
事物の隣接性をほどいたり開いたりしてゆくこのようなあり方は、20世紀のシュルレアリストたちが用いたデペイズマンとは異なった特徴を持っているようだ。
それらはとりとめもなく心にうつりゆくものであり、(たいていは)ささやかなものたちだ。
だから、ぼんやりと眺めているととても心地がいい。
《―そして神戸 パスタが空をなでる時》2016,アクリル絵の具/ドンゴロス
《酒・肴・松》2015,油彩/ドンゴロス
《縞馬・パスタ・虹》2011,油彩/ドンゴロス