2017年12月1日金曜日

瀧口修造「岩石は笑った」

狂った世紀の墓標のための
鉄の帽子湧きでたたためしのない噴水塔は
蝶の幽霊揚げられたためしのない幕を
狂った歌を叫びながら追ってゆく
壊われた夕闇みの貝殻のなかの
若い女たちの頬のえくぼを踏みにじった人間たちは
彼らの自由永遠に濡れない海綿停まった振子正四面體の心臓をもつ
裂けた眞夜中に裂けた犠牲たちに
人間の脳は沸きたつ花瓶となる
猿たち共同墓地
乾いたパン屑不完全な家具貝殻のカフェは沸きたつ
星は太陽と交接する紫色の精液それは広漠たる明星網膜の公園
闇の爆音のなかにひとつの偉大な夕顔がひらく奇妙な髭男が笑う
夢の室内に星の破片と卓子の破片とで
巨大な女は巨大な匙で組みたてる地球美しい花飾り
時の不可分の瞬間に
蹄の音がするてのひらの電波落葉の手袋手袋の優しい風
蹄は日光の石を粉砕して
埃のなかに無数の不眠の鳥たちを追放する
記憶はけむりの猫を生み
それは突然な無関心な男ひとりの男の指輪一挺の水晶拳銃は
両国橋の下とぼくの寝床白い布の下とに
ひとつの運命を狙う
扉から投げられる広告紙朝の波紋から
断髪の女は白象と一緒に
ぼくの歯ブラシの上に落ちる
悲しげな朝の
長い旅行古代からの旅行の不調和な影像たち石礆無効切符首府の夜景
美釘の抜けた美通り魔の解剖図
それは風の小便にほかならない
ゴム輪が鳥たちの衣服になれば
闇のなかの鳥たちはぼくの睫毛となる
微かな不思議な條件が宇宙の決意から
理髪師の小器用な小指の上に輝いている
指のピラミッドの上の春の太陽
誰も想像しえないで
夢の特急列車はえにしだの上を走る
誰も探りえないで
牝牛は足跡にひとつひとつの眞珠を残す
法衣はいま激烈な小便で酩酊している
雨白い雨は百合の花莖を膨らませ
妊娠した聖母は排気鐘のなかで他愛なく眠る
長い夢の鳥の尾は明滅する
すべての朝は星の呼鈴を押す
すべての朝は自分で自分を洗う
すべての顔すべての空に自由の水が流れる
雨たちの指が二十日鼠の指に似るとき
ぼくはぼくのシャツの星のボタンを掛ける
ぼくはぼくの耳が偉大な想像の瀧の薔薇を聴くために
千年一度の形體であるとき
河のように流れる
大象徴の前にタブーの大旅行鞄の前に
疲れて投げだした巨大な足の溜息巨大な自由の通風筒が数える
秒音音楽的な秒音
さて眞夜中の謔語太陽のスカートは永遠に凋まない



『瀧口修造の詩的実験1927-1937』所収(1967年、思潮社)。この詩集の奥付は「一九六七年十二月一日」となっているので、刊行からちょうど50年である。
初出は『文学』3号(1932年、厚生閣書店)。


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