2010年4月11日日曜日

「写真展を見て語る会 奈良少年刑務所と近代建築」の報告

昨日はならまち通信社とNPO法人J-heritage主催による表題のイベントに参加するため、奈良市北京終の町屋ゲストハウスならまちへ行きました。先日このブログで紹介した写真展では展示できなかった未公開写真344枚のスライドショーです。
講師は近代建築研究者で歌人の北夙川不可止さんとならまち通信社の松永洋介さん。北夙川さんは大学卒業後、冤罪で拘置所に3年、刑務所に2年服役した経験をおもちで、近代刑務所建築の解説者としては最適任者のようです(短歌は獄中で始めたとのこと)。講談師だか辻説法師だかを彷彿させる軽妙洒脱な語りでした。まさに噺家です。
松永さんは作家・寮美千子さんのお連れあいで、寮さんと一緒に奈良少年刑務所の「社会性涵養プログラム」という童話・絵本・詩などのワークショップを取り入れた先進的更生プログラムの講師をされており、今回の写真展企画は奈良少年刑務所建築の美に触れた驚きを広く共有し、近代建築の保存・活用や刑務行政への関心を高めるきっかけにしようという志によるものです。
刑務所の写真撮影は上条道夫氏で、600枚ほど撮影した中から(警備上の理由などで)検閲を通過したものが約400枚だったとのこと。

まずは、北夙川さんによる日本における近代洋風建築の概説から始まりました。


取り壊しが決まった中之島のダイビル。1925年の建築で、ネオ・ロマネスク様式の素晴らしいビルでした。内部の写真もスライドで見ましたが、内装の一つ一つが見事な職人仕事です。惜しすぎる・・・。当然、所有者が申請すれば文化財登録できる逸品です。


どこのビルのものだったか失念しましたが、明治末~昭和初期にかけてのエレベーターにはこのような機械式の階層表示板がついていました。


これはダイビルのエレベーターだっけ?


奈良少年刑務所の監房を外からみたところ。


お堂のような建物は奈良少年刑務所が現在の位置に移転する前、現在の奈良女子大学の位置にあった旧奈良監獄の独房建築。資料として、敷地内に移築・保存されています。


受刑者が職業訓練をする理容室(左端の窓に赤白青のしましまがあります)。この理容室は事前に刑務所に申し込めば、一回900円で一般人も髪を切ってもらえるそうです。ただし、出来上がりに文句はいえませんが・・・。


本部棟の屋根裏。



教誨師がやって来て講話などをする部屋。左から神道、仏教、天理教です(創価学会のご本尊はありませんでした)。必要なところのカーテンだけを開けて使うそうで。右端の天理教の祭壇には「みかぐらうた」の文字が見えます。


独房の内部。壁の掲示板には検察からの天下りの巣窟・矯正協会のカレンダーが貼ってあります。




この奈良少年刑務所の赤レンガは受刑者たちが刑務作業で班を組んで焼成して積み上げたもので、色の違うレンガを使って模様をつくるなど、ところどころに芸術性の高い意匠がみられました。本当に丁寧な職人仕事です。

刑務所(監獄)とは国家権力が犯罪者を(冤罪も含めて)拘束する場所であり、監視することで監視されている者の心の内側に新たな監視者を生みだし、自ら規律に服従する従順な身体としての個人を作り出すもので、それは軍隊、学校、工場、など近代以降の資本主義における支配のモデルとなる装置です。哲学者ミッシェル・フーコーは著書『監獄の誕生』で、功利主義者のベンサムが考案したパノプティコン(一望監視システム)というシステムをモデルに、この監視による心身の規律化を理論的に解明しました。奈良少年刑務所ではそれが構造物として残っており、現役で使用されていることに特徴があります。

そのような施設である刑務所建築の美とはいったいどんなものなのか、いろいろと考える価値がありますが、それにはまず単純に、柔和で優美なネオ・ロマネスク様式の近代建築にたいする美的感覚というものがあるでしょう。関心を持つきっかけとしてはそれでいいのですが、それだけにはとどまりません。
受刑者自らがレンガを焼き、積み上げた一つ一つの作業の中にみられる、おどろくほど芸術的な意匠からは様々な意味がひき出せると思います。僕が思うに、奈良少年刑務所建築の美とは、受刑者たちが収容生活という制限された条件の中で実践した創造のよろこび、その中で発揮された創造性の美ではないのかと。人間が限界状況におかれた時にはじめて感知することのできる光、そしてその光の中で発揮された創造の力があったのではないかと、ヤスパースの哲学を思い出しながら考えをめぐらしました。
また、北夙川さんは以下のような主旨のことをおっしゃっていました。
「閉じ込められている境遇では美しいもの美しいことを、美しいと言えない心境になりがちだが、もしそこで美しいもの(こと)を美しいと感じる機会があるなら、そのとき赤レンガの建物は大きな意味をもってくるだろう」と。

奈良少年刑務所は未成年、および26歳未満で犯罪傾向の進んでいない(初犯)受刑者を収容する施設ですが、社会性涵養プログラムとしてワークショップを実践している寮さんと松永さんの話によると、子どもの頃に虐待を受けたり育児放棄されたりして心に大きなトラウマを持っている人が多いそうです。そのワークショップで受刑者たちが書いた詩を集めた詩集が5月に出るそうなので、大変楽しみですね。寮さんの日記「時の破片」には刑務所での授業のことが書かれています。

また、刑務行政の大きな問題としては受刑者の作業報奨金が著しく低いという問題があります。報奨金がどのように算出されるのかはよく分かりませんが、1ヶ月500円あまりから始まって出所間際でも1000円くらいしかないため、3年勤めた人でも出所時に支払われる報奨金はせいぜい3万円ほど。刑務所を出たところでそう簡単には仕事は見つからないわけですから、出所時の所持金などすぐに消えてしまいます。そうなると再犯にぐっと近づいてしまうでしょう。刑務作業で製作した物品は矯正協会(天下りの巣窟)によって販売されますが、その売上は年間100億円近くにもなります。ところが、その事業収益の大半が検察からの天下り官僚どもの給料・高額の退職金に消えています(因みに赤い羽根共同募金も大半が天下りどもの給料・退職金に消えます)。これを根本から是正しないと再犯はなくならないでしょう(元・大阪高検公安部長・三井環氏の話→『人民新聞』2010.3.15号所収)

いずれにせよ、近代国家の光と闇、その両面を窺い知ることができるというだけでなく、現代における重要な社会問題である犯罪や刑務行政について考える上でも大変貴重な文化遺産であることはまちがいありません。

保存、活用には大きな困難が伴いますが、刑務所を刑務所のままで保存し、社会に対して開いていけるような活用の仕方が理想なのではないかと僕は考えています。
そのためにはとにかく多くの人々の関心を集めて議論を喚起していく必要がありますね。

今回のイベントは大変意義深いものでした。



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功利主義者のジェレミー・ベンサムが18世紀末に考案したパノプティコン(一望監視システム)〔画像はwikipediaより〕。パノプティコンとはあくまで概念なので、ハイテクによる現在のハイパー監視社会では放射状の形状を採用する必要はありません。


奈良少年刑務所のパノプティコン。日本でパノプティコンが残されているのは確かここだけだったと思います。かつてパノプティコン構造を採用していた他の刑務所は全部建て替えられています。

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