2011年4月24日日曜日
三人展「青い森」 於、カフェトリペル(京都)
展覧会のお知らせです。
●展覧会 「青い森」
●日時 2011年4月23日(土)~5月1日(日)
●時間 17時~24時(日曜は休み)
(ただし5月1日(日)は手作り市なので昼に営業します)
場所 カフェトリペル
http://tripel.blog2.fc2.com/blog-category-3.html
●内容
ひとは詩人であったり画家であったりするわけではありません。ひとは詩を書き生きるとき詩人になり、絵を描き生きるなかで画家になってゆくのです。今回カフェトリペルでは、日常の中でなかなか絵を描くきっかけのなかった2人が、詩を読むことを通じて画家になってゆきました。詩と絵の響き合いを楽しんでいただけたら嬉しいです。
●参加作家
竹村正人(詩)
岡聡一(絵)
むっちゃん(絵)
●展覧会 「青い森」
●日時 2011年4月23日(土)~5月1日(日)
●時間 17時~24時(日曜は休み)
(ただし5月1日(日)は手作り市なので昼に営業します)
場所 カフェトリペル
http://tripel.blog2.fc2.com/blog-category-3.html
●内容
ひとは詩人であったり画家であったりするわけではありません。ひとは詩を書き生きるとき詩人になり、絵を描き生きるなかで画家になってゆくのです。今回カフェトリペルでは、日常の中でなかなか絵を描くきっかけのなかった2人が、詩を読むことを通じて画家になってゆきました。詩と絵の響き合いを楽しんでいただけたら嬉しいです。
●参加作家
竹村正人(詩)
岡聡一(絵)
むっちゃん(絵)
2011年4月17日日曜日
手紙
来月引っ越しをするので、この10年あまりの歳月の中で滞留した無数のモノたちの処分を日夜しています。
切なさや、懐かしさ、随分長い間想い出すこともなかった記憶がこみ上げてくる作業には半端でないエネルギーを要しますが、自分自身のあゆみを振り返るとても大切な時間になっています。
そんな中で10年以上前の手紙が数百通入った箱が押し入れの奥から出てきました。
その頃はパソコンを持っていてもインターネットに繋いでいる人は少数で、eメールなどはまだ普及していませんでした。みんな丁寧に手紙を書いていたんだということ、思えば二三日に一通くらいは必ず誰かからお便りがあって、そして僕もまめに書いていたんだなあということに今更ながら愕然としました。
懐かしい差出人の名前と、一通一通の手紙に込められた想いが、もう遥か遠くなってしまった記憶を喚起する時間に酔い痴れながら。
今でもたまには手紙を書く習慣があるはずなのに、こんな感覚、もう長らく忘れてしまっていました。
事務的な用事も友人知人への便りも、多くはeメールで済ますようになってしまったことで多くのものが失われてしまいましたが、人と人とが心で丁寧に交わる上で、気持ちを手で書き記すという行為は殊の外大きな意味をもっているのですから、これを機に反省的に考えてみようと思います。
僕から突然手紙が来ても、引かないでくださいね。
切なさや、懐かしさ、随分長い間想い出すこともなかった記憶がこみ上げてくる作業には半端でないエネルギーを要しますが、自分自身のあゆみを振り返るとても大切な時間になっています。
そんな中で10年以上前の手紙が数百通入った箱が押し入れの奥から出てきました。
その頃はパソコンを持っていてもインターネットに繋いでいる人は少数で、eメールなどはまだ普及していませんでした。みんな丁寧に手紙を書いていたんだということ、思えば二三日に一通くらいは必ず誰かからお便りがあって、そして僕もまめに書いていたんだなあということに今更ながら愕然としました。
懐かしい差出人の名前と、一通一通の手紙に込められた想いが、もう遥か遠くなってしまった記憶を喚起する時間に酔い痴れながら。
今でもたまには手紙を書く習慣があるはずなのに、こんな感覚、もう長らく忘れてしまっていました。
事務的な用事も友人知人への便りも、多くはeメールで済ますようになってしまったことで多くのものが失われてしまいましたが、人と人とが心で丁寧に交わる上で、気持ちを手で書き記すという行為は殊の外大きな意味をもっているのですから、これを機に反省的に考えてみようと思います。
僕から突然手紙が来ても、引かないでくださいね。
2011年4月11日月曜日
2011年4月3日日曜日
2011年3月27日日曜日
偶感
東北・関東を襲った大地震と原発震災は、美学の規準をも大きく揺さぶることになるように思います。
詩や小説といった文学や造形芸術、映画芸術にいたるまで、これまで称揚されてきたものと、貶められてきたものとの転倒が起こることもありうるでしょう。
2011.3.11以後の創作と批評が、この問題をどのように扱うべきなのか、またこの出来事が創作と批評にどう影響するのか、状況を注視しつつ思索してゆきたいと思います。
東電原発震災は相当に長期化するであろうし、その間に浜岡や若狭湾の原発銀座を大地震が襲わないとも限りません。そしてそれでも国家や資本はメディアを通じて大衆を愚弄し続けることでしょうが、批評の場において、そして人が暮らしを営む様々な場において、物質文明と資本主義経済における人間の実存が厳しく問われることはまず間違いありません。
今後、芸術をめぐる様々な問いが、再びアクチュアルな問題系として立ち上がってくることでしょう。
詩や小説といった文学や造形芸術、映画芸術にいたるまで、これまで称揚されてきたものと、貶められてきたものとの転倒が起こることもありうるでしょう。
2011.3.11以後の創作と批評が、この問題をどのように扱うべきなのか、またこの出来事が創作と批評にどう影響するのか、状況を注視しつつ思索してゆきたいと思います。
東電原発震災は相当に長期化するであろうし、その間に浜岡や若狭湾の原発銀座を大地震が襲わないとも限りません。そしてそれでも国家や資本はメディアを通じて大衆を愚弄し続けることでしょうが、批評の場において、そして人が暮らしを営む様々な場において、物質文明と資本主義経済における人間の実存が厳しく問われることはまず間違いありません。
今後、芸術をめぐる様々な問いが、再びアクチュアルな問題系として立ち上がってくることでしょう。
2011年3月4日金曜日
福永宙展「גולם -golem-(ゴーレム)」 於、ギャラリーwks.
ゴーレムとは東欧ユダヤ人の間に伝わる伝説で、粘土など無機物によってつくられた人形に、ラビ(ユダヤ教の聖職者)が神の名を唱えることによって命が吹き込まれたもの。それは作った者の命令だけを忠実に実行する召し使いのような存在ですが、取り扱いには厳しい制約が数多くあり、それを守らないと手が着けられなくなるという、危険な偶像信仰でもありました。ギリシャ神話や旧約聖書、その他ヨーロッパの伝説には金属や石で作られたゴーレムもあり、それらに倣って幻想文学やゲーム(ドラクエなど)などにも数多く登場します。
今、大阪・西天満のギャラリーwks.で開催されている福永宙(ふくなが おき)さんの個展では、象徴的、隠喩的に様々な意味を重ねられた鉄のゴーレムたちが、静かに佇んでいました。
どのゴーレムもレンガブロック状の塊を積み重ねた原型から作った鋳型に鉄を流し込んだ鋳鉄の技法によるもので、眺めているとその独特の質感からは様々な詩情が喚起されます。ブロックの一粒一粒が人間の手による仕事、あるいは人類の歴史とともに変遷してきた技術の蓄積を象徴しているかのようです。
福永さんのゴーレムは、人間が生活を豊かにする目的で創造され、その時その時代、確かに大きな意味を持っていたはずのものでありながら、いずれ朽ち果て忘れ去られる技術や道具の象徴のように思えました。それは現代のフェティッシュ(呪物)ともいうべきスマートフォンかもしれず、あるいはハイブリッド自動車かもしれず、あるいは薄型テレビかもしれません。
その一方で、破壊や脅迫を目的とする方向に技術が応用された、拳銃などの武器、あるいは戦闘機や核兵器、そして疲弊した地球と人類を救うかのような欺瞞によって稼働している原発など、手に負えない危険な技術の象徴であるようにも思えます。
人類が鉄を手にしたことで農業生産が飛躍的に拡大し、その結果人口も増加して文明の礎が築かれたわけですが、その反面、武器の高性能化など負の側面も増大しました。そのように新しい技術の発明は、歴史上、常に新しい災いをも発明するというパラドックスを原罪のようにまとわりつかせてきました(ポール・ヴィリリオ『アクシデント 事故と文明』を想起)。
ですが今回出会った福永さんのゴーレムたちは決して声高に技術信仰への警鐘を発するようには見えず、むしろ静かに何かを語っているようで、その姿、その佇まいは人がモノを作ることで積み上げられてきた文明、それを支えてきた無名の人々への敬意をも感じさせるものでした。
「ゴーレム」というテーマは僕らが今立っている10年代のとば口にふさわしい、非常にタイムリーなものなので、可能な方はぜひ足をお運びください。
ゴーレムをみて本当にいろいろと思いめぐらせることがありました。
つい最近、パーシー・ビッシュ・シェリーの妻、メアリー・シェリーが1818年に発表した小説『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』の新訳が出たので、それを読みながらまたいろいろと考えてみたいと思います。
※この展覧会は3/12(土)まで。
今、大阪・西天満のギャラリーwks.で開催されている福永宙(ふくなが おき)さんの個展では、象徴的、隠喩的に様々な意味を重ねられた鉄のゴーレムたちが、静かに佇んでいました。
どのゴーレムもレンガブロック状の塊を積み重ねた原型から作った鋳型に鉄を流し込んだ鋳鉄の技法によるもので、眺めているとその独特の質感からは様々な詩情が喚起されます。ブロックの一粒一粒が人間の手による仕事、あるいは人類の歴史とともに変遷してきた技術の蓄積を象徴しているかのようです。
入り口を入って最初に出くわすのは、福永さんが最初に制作したgolem #1 (2009年)。えもいわれぬ悲哀を感じました。
golem #1の右肩部分。表面にはワックスを塗っているそうですが、この作品は制作から二年を経ることで微妙な錆びが浮き出ており、まるでテクノロジーの廃墟にうち捨てられた建造物を思わせます。
頭があるのかないのかわからない(多分ないか、あっても極めて小さい)、手は長いが指はなく、人間とは似て非なる形姿。自信に満ちた存在感と、愚鈍で不器用な印象とが併存しています。表情はありませんが、しかし無表情とも言い切れません。
動物とも怪獣ともつかない四つ足のものが1体。愛玩用ロボットを連想しました。
福永さんのゴーレムは、人間が生活を豊かにする目的で創造され、その時その時代、確かに大きな意味を持っていたはずのものでありながら、いずれ朽ち果て忘れ去られる技術や道具の象徴のように思えました。それは現代のフェティッシュ(呪物)ともいうべきスマートフォンかもしれず、あるいはハイブリッド自動車かもしれず、あるいは薄型テレビかもしれません。
その一方で、破壊や脅迫を目的とする方向に技術が応用された、拳銃などの武器、あるいは戦闘機や核兵器、そして疲弊した地球と人類を救うかのような欺瞞によって稼働している原発など、手に負えない危険な技術の象徴であるようにも思えます。
人類が鉄を手にしたことで農業生産が飛躍的に拡大し、その結果人口も増加して文明の礎が築かれたわけですが、その反面、武器の高性能化など負の側面も増大しました。そのように新しい技術の発明は、歴史上、常に新しい災いをも発明するというパラドックスを原罪のようにまとわりつかせてきました(ポール・ヴィリリオ『アクシデント 事故と文明』を想起)。
ですが今回出会った福永さんのゴーレムたちは決して声高に技術信仰への警鐘を発するようには見えず、むしろ静かに何かを語っているようで、その姿、その佇まいは人がモノを作ることで積み上げられてきた文明、それを支えてきた無名の人々への敬意をも感じさせるものでした。
「ゴーレム」というテーマは僕らが今立っている10年代のとば口にふさわしい、非常にタイムリーなものなので、可能な方はぜひ足をお運びください。
ゴーレムをみて本当にいろいろと思いめぐらせることがありました。
つい最近、パーシー・ビッシュ・シェリーの妻、メアリー・シェリーが1818年に発表した小説『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』の新訳が出たので、それを読みながらまたいろいろと考えてみたいと思います。
※この展覧会は3/12(土)まで。
2011年2月25日金曜日
チャイコフスキー「マンフレッド」交響曲
シェリーの友人、バイロンの劇詩『マンフレッド』を題材にした、チャイコフスキーの「マンフレッド」交響曲にはまっています。
YouTUBEから第一楽章を拾ってみました(指揮者・どのオケ・録音時期すべて不明?)。
YouTUBEから第一楽章を拾ってみました(指揮者・どのオケ・録音時期すべて不明?)。
で、僕が聴いているのはマルケヴィッチ指揮/ロンドン交響楽団による1965年の録音であります(大阪市立図書館で借りました)。
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