2012年3月4日日曜日

瀧口修造「時のあいだを  -ジョゼフ・コーネルに」

ほとんどふたつの時間、いわば時と時とのあいだを歩くのに、あなたはまる一生かかった。 ・・・・・・人には見えず、時空を旅する鳥たちの時間、過ぎ去った遥かな国の物語も、星辰の運行とともに現存する時間・・・・・・ もうひとつの時とは、生まれて住みついた土地と生活の時間、霧と煙り、水と血液、パンとミルクの時間、おそらく手や顔の皺の時間でもあろう。あなたが狷介な孤独者のように見られたとすれば、なんと愛の充溢のためだ。秘密はあなたが遺した窓のある筺とイメージのかずかず、実は未だ名付けようのない物たちのなかにある。まるで天からやってきた職人の指紋の魔法か。しかし秘密はまだ乳いろの光につつまれている。こんなに身近な近しさで。かつてマラルメが詩のなかにptyxという謎の一語でしか表さなかった、捉え難い虚空の貝殻とも断じえないものを、何ひとつ傷つけず、あなたは時の波打ち際で手に拾い、視えるようにしてくれた。風のいのちのシャボン玉とて例外ではない・・・・・・。



七つの断片とともに


箱のなかの夜曲 腰かけるワルツ
音楽は人懐っこい家具!
手足に触れるすべての音が
天体の近くへ引越すという
夢!

ひらかれた箱が仮りの宿
永遠の花文字を看板に
ホテルこそは岸辺の鏡
錆びた姿見の行方を追う
もうひとりの旅人。

エミリーは留守?
朽ちた空き家に碧い忘れもの
天空からの沈黙の言伝てを
無垢の鳥たちはいま・・・・・・

不在の巣箱 時を忘れる白
虚ろな円形窓は地球の消息か
運命の幼虫を飼う夢の窓々に似る
人と希望を頒かち合った
鳩族はいま・・・・・・

蝶とおうむは隣り合う
無心の鏡が栖
遠い故国の色彩をなつかしむ
危機を孕らむ純無垢
の一刻。

剥がされ色褪せるときの永遠
消しながらの追憶
隔たりながら近づく
遺跡の媚笑すら・・・・・・

むかしむかし或るところに
砂・・・・・・
あとの言葉は風のなか
水よりも人の手に馴染み
泉よりも無口な時を刻む。




※瀧口修造『白と黒の断想』(2011.3,幻戯書房)所収〔初出:雅陶堂ギャラリー「JOSEPH CORNEL展カタログ」1978.3〕。


コーネルの作品集。BGMはヨーゼフ・ボイス。


おまけ

ジョゼフ・コーネルと草間彌生、1962年(『pen』[No.260,2010.1,阪急コミュニケーションズ]より)

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