2012年3月13日火曜日

P.B.シェリー「雲」



わたしは のどを渇かせた花たちのために
海や川から さわやかな雨を持ってきます。
わたしは 真昼の夢を見ている木の葉のために
心地よい蔭を作ってあげます。
わたしの翼からは 雨粒が振り落とされ
太陽を回(めぐ)る母親の胸であやされて眠っていた
かわいい蕾を すべて目覚めさせます。
わたしは殻ざおをふるうように 雹を地面にたたきつけ
下界の 緑の野原を白くします。
それから再び雹を溶かして雨にし
雷鳴の中で 笑いながら通り過ぎます。

わたしは篩(ふるい)を使って下界の山に雪をふりかけます。
すると山の 松の大木が うろたえてうめきます。
わたしが突風の腕に抱かれて眠るとき
その山が一晩中わたしの白い枕になります。
わたしの空の住居の高い塔には
わたしの水先案内人の稲妻が座っています。
下の洞窟には 雷鳴が足枷でつながれていて
時々もがいて うなり声をあげます。
大地と海の上を この案内人が
ゆっくりとわたしを導いてゆきます。
紫の海の底を動いてゆく精霊たちの愛が
案内人を引きつけるのです。
小川のうえ 崖のうえ 丘のうえ
湖のうえ 平原のうえ――
どこで彼が夢見ているとしても
山の下か 川の下に
彼が愛する精霊がいるのです。
彼が溶けて雨になっている間じゅう
わたしは天の青い微笑のもと 日向ぼっこをしています。

明けの明星が輝きを失うとき
真っ赤な日の出は
目から流星のような光を放ち
燃える羽根を広げて
漂(ただよ)うちぎれ雲の背に飛び乗ります。
それはまるで 鷲がしばし
金色の翼の光に包まれながら
地震が揺さぶる山の断崖に
羽根を休めているようです。
夕日に照らされた海から 日没が
休息と愛を求める熱い思いを伝え
夕暮れの深紅の幕が
天の奥から降りてくるとき
わたしは翼をたたんで 空中の巣で安らぎます――
卵を抱く鳩のように静かに

人間たちが月とよぶ
白い炎を身にまとったあの乙女は
かすかに光りながら 夜風が広げる
羊毛のようなわたしの床(ゆか)をすべってゆきます。
天使だけにその足音が聞こえる
目に見えない彼女の足が 勢いあまって
わたしの天幕の屋根のうすい織物に
穴を開けてしまったときには
星たちが彼女の背後から顔をのぞかせ
まじまじと覗きこんでは身を翻して
金色の蜜蜂の群のように逃げてゆきます。
それを見てわたしは笑います。
わたしは風でできた わたしの天幕の裂け目を広げます。
すると 静まりかえった川や 湖や 海は
まるで空の一部が 裂け目を通って落ちてきたように
月や これらの星たちに 敷きつめられます。

わたしは太陽の玉座を 燃える帯で取り巻き
月の玉座を 真珠の飾り帯で取り巻きます。
旋風がわたしの旗を広げるとき
火山はかすみ 星たちは目まいを起こしてよろめきます。
沸き立つ海をまたいで 岬から岬まで橋のように
わたしは日光を通さない屋根をかけます。
山々がその柱です。
大空の権力者たちを捕虜にしたとき
わたしが 暴風や稲妻や雪をともなって凱旋する
凱旋門は 無数の色に彩られた虹です。
地上の湿った大地が うららかな陽光を浴びているとき
天上の太陽が 虹の柔らかな色彩を織り出すのです。
わたしは大地と海の娘 大空の養い子です。
わたしは 大海や陸地の気孔を通り抜けます。
わたしは 変化はしても死ぬことはありません。
雨があがった後 天幕のような大空は
しみひとつなく澄みわたり
風と日光が 凸面なす輝きを用いて
青い空気の丸天井をつくりあげますが
自分の空墓(からはか)を見てわたしは黙って笑っているのです。
そして胎内から子供が 墓から亡霊が現れるように
わたしは雨の洞窟から姿を現わし
その空墓(からはか)を壊してしまうのです。



Percy Bysshe Shelley "The Cloud", 1820
床尾辰男訳『シェリー抒情詩集』(2007,創芸出版)より。


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