希望とは無知のことだ と ある日わかい友が言った わたしは黙ってうなずいた 一抹の祝福さえ感じられないその言葉には わずかに罪の匂いがした
日差しは古い木綿布のように柔らかい 廃駅にはふしぎな気流がたちこめてなつかしい時刻が息づいている 遠い昔 わたしはここで誰かを待ち続けていた気がする とても大事な誰か――火のような約束――その人は電車の好きな少年みたいに 運転士の真横に立ち まっすぐに前方をみつめていた 深緑の一両だけの路面電車が いぶかしげな警笛を短く鳴らして通過する名前のない駅 どの電車にも その人は乗っており 白々と光る深い錯誤のレールのかなたへ くりかえし 去っていった
希望とは無知のことだろうか 今ならわかる 冷厳な言葉の裏側に ひたひたとたたえられる湖がある わたしはわかい友のその湖を愛していたのだと
廃駅は希望の場所ではない 日々の希望の(絶望の)痕跡だ そこに立つと ほんの少しばかり視界が高くなり空は低くなる 日差しは古い木綿布のように暖かい 伸びきったまま枯れた草がレールわきに のびのびとそよいでいる また路面電車が やってくる いぶかしげな警笛を短くならし とことこと廃駅をめざしている
◆松川穂波詩集『ウルム心』所収(2009年,思潮社)
阪堺電車・天神ノ森駅から少し南にある廃駅、宮ノ下(みやのした)。
美しい秋の半日 大阪下町周遊の楽しいひと時でした。ありがとうございます。
返信削除こちらこそ急にお呼びだてしたのにもかかわらず、散策につきあってくださって嬉しかったです。ありがとうございました。
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