豚の豚子が豚小屋を
ある日とうとう
とび出した
豚子の意見はこうだった
人間なんかに食われてたまるか!
しかし主は許さなかった
あくまで豚子をおっかけた
主の意見はこうだった
豚がいなけりゃ
まんまが食えねえ!
主は必死でおいかけた
豚子も必死でにげまわり
やっとの思いで木に登った
これで安心
と思いきや
主が下でわめいてる
主のセリフはこうだった
豚子よ!
君は完全に包囲されている
けれど豚子は知っていた
主は木登りができないことを
ガキの時分は
わるガキどもに
むりやり木のうえ
登らされては
そのたびごとにおしっこを
ちびっていたということも
豚子のセリフはこうだった
あたいをつかまえたいんなら
登っておいで
さあ早く!
主はしかしくじけなかった
主は戦術をかえた
君は!
と主はきりだした
小屋にのこされている君のお母さんや
お父さんの気持ちを考えたことがあるのか
ふたりともきっと
泣いているにちがいない
悲しみのあまり
食事ものどを通らなかろう
夜も眠れなかろう
仲間たちだってどんなに心配していることか
さあ早く帰って
皆を安心させてやりなさい
主の情動戦術に
豚子はまんまとひっかかり
涙をポロポロながしつつ
スルスル木からおりたのでした
めでたし
めでたし
主は喜び
豚子を担ぎ
近所の人にふれまわった
我とともに喜べ
失せたる我が豚を
見出せり!*
ところが豚子が
帰ってみると
小屋には豚っ子一匹
いなかった
主のいないそのすきに
全員遯走(とんそう)しちゃってた
カンカン照りの
昼さがり
豚子はゴトゴト荷馬車にゆられ
街の市場へいったとさ
主もゴトゴト列車にゆられ
街の工場へいったとさ
めでたくなし
めでたくなし
教訓1
豚もすかせば木からおりる
教訓2
あわてる主は貰いが少ない
*ルカによる福音書第十五章。
◆安里健詩集『詩的唯物論神髄』(2002年,スペース加耶)所収。
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