2010年8月8日日曜日

寮美千子編『空が青いから白をえらんだのです ~奈良少年刑務所詩集』(長崎出版)

「くも」

空が青いから白をえらんだのです





(この詩は父のDV被害を受けていた病弱な母が、死の床でA君に語った言葉の思い出がモチーフに)
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「夏の防波堤」

夕方 紺色に光る海の中で
大きい魚が小魚を追いかけているところを
見ました
鰯の群が海の表面をパチパチと
音を立てて逃げていきました




(この詩の作者E君はいつも何かに怯え自分の意思を表現することの出来ない子だったのが、ある時大好きな魚釣りのことを話したことをきっかけに、自信をもって堂々と話ができるようになり、教室の仲間たちからの信頼を集めるようになったそうです)
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「おかん」

水が恐くて怯えて見あげるおれに
おかんはゲンコを見せた
おれは足下でゆらぐ水よりも
おかんの心が恐かった

それが愛情のつもりか
強くするために
あえて子どもを突き放すこと
それが正しい愛情のつもりか

ほめられることもなく
社会からはずれているとなじられ
人格も否定され
「育ち方が悪い」と叱られた

反抗しつつも
取り繕う日々の中で
いつしか おれは
愛されてないんやわ
と思たわ

せやのに おれがパクられて
あんたは 泣きながら おめおめといった
「あたしの育て方が 悪かったんやろか」
「おれの育ち方が 悪かっただけやろ」

  それでも おかんが笑ろてると
  おれもうれしくなる
  あんだけ大嫌いやったはずなのに

人を愛することと 憎むこと
はじめて教えてくれた人



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本書は『紫陽』にも時々寄稿してくださっている作家・寮美千子さんとお連れの松永洋介さんが、奈良少年刑務所で実践されているワークショップ「社会性涵養プログラム」で受刑者たちが書いた詩を一冊の詩集として編んだもの。それぞれの詩の後ろには、その作者と作品の誕生をめぐるエピソードが、寮さんの手によって綴られています。

この「社会性涵養プログラム」というのは受刑者を相手に童話や詩を使ったある種の情操教育なのですが、刑務所の中でもみんなと歩調を合わせるのが難しく、ともすればいじめの対象になりかねない人や、極端に内気で自己表現が苦手だったり、虐待された記憶があって心を閉ざしがちな人、コミュニケーションが上手く取れない人々が対象になっています。
彼らは不幸にして犯罪に手を染め、刑務所に収容されてしまったわけですが、彼らの犯罪傾向の問題として語る以前に、この国の福祉や社会的なセイフティーネットの貧困の問題として考える視座を私たちに与えてくれます。
犯罪をめぐっては、マスコミでは日々様々な言説が飛び交い、それらは個々の文脈から切り離されたコードとして人々の意識にすり込まれて、時に世論操作以外のなにものでもないような世論調査に利用されていくわけですが、私たちは少年犯罪や刑務行政についてなにほどのことも知らないでいます。
すでに裁判員制度が始まっている今(というか裁判員制度云々は別にしても・・・)、寮さんや開かれた目をもった刑務所職員の方々の、このような先進的な実践はもっともっと知られるべきことだと思いました。
詩の力へのゆるぎない信頼が、本書にはこめられています。



寮美千子編『空が青いから白をえらんだのです ~奈良少年刑務所詩集』(2010年6月刊,長崎出版,1500円+税)





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