2010年6月26日土曜日

茨木薫「子ども、または愛のはなし」

赤い蛇はどこに逃げ出したのか
邪な魂はとうとう食われてしまったか
天狗の顔の岩
鬼の住処
いまもひとりで木の上にいる子ども


夕立の前兆
空は曇り空
居眠りを狙う鳥の目
いくつもの小石を並べた猫の墓
添えられた花はすでに枯れている


子どもはどこに消えた?
子どもの名前を呼べ
探し出して、問いただせ
子どもの横には見張りがいる


子どもは木の枝で指を切る
子どもは土を蹴って走る
言葉がなくて、ただ走る


子どもはどこへいった?
魔物が奪った果実
時が満ちるまで、子どもには明日がない


帰り道のない野良猫
犬はびっこをひいている
幸福に似て非なるもの
 愛


子どもはどこへいく?
忍耐や寛容や理解を要するもの
一方的でないもの
滋養になるもの
常に必要欠くべからざるもの
親密さを深め、子どもを成長させ、作物を実らせるもの
神の存在を感じさせるもの
奇跡を起こし、祝福をするもの
贈り物より近しく、水や空気よりも力を要するもの
それは、与えるもの?得るもの?


 愛
時が満ちるまで、負けつづけること


 
 
 
◆『紫陽』12号(2007.5)より
 
この作品については鈴川ゆかりさんの詩評がありますので、そちらもぜひお読みください。
→ http://yukarisz.blog104.fc2.com/blog-entry-427.html


※追記。現在リンクは無効になっています。

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