2010年3月6日土曜日

川端康成原作・衣笠貞之助監督『狂った一頁』上映会&山下洋輔ライブのお知らせ

来る3/22(月・祝)18:00より、奈良100年会館・中ホールにて表題のようなイベントがあります。
奈良前衛映画祭・アートシネマフェスタ2010のプレイベントとして開催されるもので、山下洋輔のライブがあるので入場料が5000円もするのですが、時間とお金の都合がつく方にはぜひお薦めしたいです。僕は『狂った一頁』を12月の上映会(金子遊監督『ぬばたまの宇宙の闇で』と同時上映)で観たので当日は欠席しますが・・・。無声映画なので3/22は活動弁士付きの上映になるようです(弁士つきがいいのかどうかは意見の分かれるところでしょう)。 司会進行役は奈良ファッション界の新鋭モデル・南舞さんです。

さて、映画『狂った一頁』は1926年の作品で日本最初の前衛映画といわれていますが、そのフィルムはその後長らく行方がわからなくなっていました。それが1971年に偶然、米櫃の中からカビだらけのほとんど腐った状態で見つかったそうです。クリーニングして復元されたフィルムはその年、東京やパリ、ロンドンなどで上映されたそうですが、それ以後は昨年の12月まで公式上映された記録のない、大変貴重な映画です。

川端康成はこの映画のために脚本を書き下ろしました。
その脚本テキストは37巻本『川端康成全集』の2巻(1980年,新潮社→中規模以上の図書館になら大抵ある)に収められていますが、実際に映画化された作品とは内容に若干の異同があります。衣笠貞之助監督をはじめ複数の作家が制作に関わったため、川端以外の人々の意見の反映や、制作過程での即興的要素も入っているのでしょうか。
そのようなテキストと映像との異同に着目するのも面白いかもしれません。
因みに、この映画の撮影時のエピソード(小道具として使われたお面の調達にまつわる話)を川端が掌編小説にしたものに「笑わぬ男」というのがありますが(『掌の小説』1971年,新潮文庫)、当時の撮影の様子や世相・風俗が窺える興味深い作品です。

撮影機材や技術が現在のように確立されていない時代の映画とは思えないほどのクオリティにまず驚かされるのですが、それ以上に詩的な情趣の深さ、その潜在的な力に強く惹きつけられます。生身の体と、ローテクゆえに感覚器官と相性のいい道具を使った創造的工夫、そして作家たちの詩的感性とが織りなされることでなしえた映像美なのでしょう。
いまこの映画を観るということはマスコミが大衆に流布した川端のイメージ(あるいはイメージなきイメージ)を一新するきっかけにもなりうるのではないかと思っています。岡本太郎といい、川端康成といい、この国のジャーナリズムは都合よく人物イメージを操作し、その思想のエッセンスを伝えてこなかったわけですが、今も情勢は基本的に何ら変わっていないわけですから。 ある人物を神聖化するのも戯画化するのも、実は同じことの表裏でしかないように思います。
「異形の者」たちに寄り添った作家としての川端康成はこれからいくらでも読み直しが可能なので、現代思想としての川端批評に期待したいところですが、今や文芸批評になにかを期待するのはほとんどナンセンスですね(笑)。自前でなにかやってやろうか、という気になりました(ほんとか!?)。




※写真は川端康成「狂った一頁」脚本の冒頭部分(37巻本全集第2巻所収・新潮社)。19巻本全集には入っていないのでご注意を。

(以下は奈良前衛映画祭HPからのコピペです)


《製作概要》
監督:衣笠貞之助 
製作:新感覚派映画連盟 
原作・脚本:川端康成 
撮影:杉山公平 
撮影助手:円谷英一(英二) 
舞台装置:林華作、尾崎千葉 
出演:井上正夫、中川芳江、飯島綾子、根本弘、関操、南栄子、高勢実、高松恭助、坪井哲
製作:1926年日本映画  上映時間:59分 

大正末期、文壇で新鋭作家の集団として結成された“文芸時代”の同人・横光利一、川端康成、片岡鉄兵ら、いわゆる新感覚派の協力を得て、衣笠貞之助が日本映画史上はじめて監督として独力で製作した作品。純粋映画を狙った画期的な無字幕の無声映画として話題を呼び、当時としては異例だが洋画系で封切られた。狂った妻が入院している精神病院に勤める小使いの目を通して、非日常的な世界を光と影の中に描いた映像は強烈。1971年に消滅したものと思われていたフィルムが、偶然に発見され、フランスやイギリスで公開、大成功を収めた。


《作品解説》
場所はある精神病院。主として患者たちの妄想でストーリーがつづられてゆく。幻想だから話は明確にはつながってゆかないが、愛の危機にのぞんで正気を逸脱した人々の悲しい思いや、うつろな歓楽が詩的にうかびあがる。精神病院の患者のイメージの世界ということで当時大評判だったドイツ表現派映画「カリガリ博士」の影響を考えないわけにはゆかないが、ああいうグロテスクな強迫観念の世界ではなくて、むしろ感傷的なまでのやさしさでもって人生の哀歓を謳いあげた映画詩だ。大きな紗を使って後景をぽかして幻想の情景とし、前景ではリアルな現実が進行するとか、面を使うとか、ごく短いショットのリズミカルな編集とか、凝りに凝った技巧を重ねた。企画に新感覚派と呼ばれていた作家の横光利一が参加し、新進作家の川端康成がシナリオを書いた。ヨーロッパやアメリカではすでに映画は芸術の域に達していたが、日本ではまだ低俗な娯楽としか見られていない。日本でも映画を芸術として確立しようという野心的な青年映画人の呼びかけに、文壇の新進たちが呼応したのだ。新感覚派とは、小説の文体から極力説明的な文章を排して象徴的あるいは詩的な感覚的に鋭い記述を志した文学流派で、これがやはり平板な説明的映像を排除しようとする映画の前衛たちと結びついたのである。
佐藤忠男著 「日本映画300」(朝日文庫) より)

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