2010年3月1日月曜日

究極Q太郎「見知らぬ女の子」

見知らぬ女の子を
公園で見かけた。
白熊のような大きな犬が
水飲み場で水を飲むようすを見ていた。

いつのまにかならんで歩いている。
黄色い学童帽のしたから
顔をむけずに声をかけてきた。
「オジサンすみません、今何時になりますか?」

ぼくは腕時計をはめてないけど、
さっき公園の時計を見ておいたので
「一時だよ」とこたえた。すると
女の子は「もうすぐ四時だ」と言った。

「えっ。まだ一時だよ」と言うと
指をおりながら「一、二、三、もうすぐ四時だ」と言う。
「いつも四時までには帰ってるんです。
それまでに帰んないといけないんです」と言った。
そして、
「こっからのぼってこ」って言って、
道のわきの階段をあがってってしまった。

「それは・・・」と
彼女が言った。
彼女はいつのまにかとなりを歩いていた。
ぼくたちは勾配の多い街を
煎餅をむさぼり食いながら歩いていった。

「それは詩が、自在にあって
筋のとおった解釈をせまらないからです」と
彼女は言った。
「そこでわたしたちは、しばらく
解釈するという自由を
手放してみたらどうでしょう」。

 見知らぬひとがふいに声をかけてくる。
 ガード下の影にたたずんでいる、
 見知らぬひとが、ふいに・・・。
 「燃えろ、燃えろ」といいながら、
 まつわりついてくる。

ぼくたちは池の畔に
腰をおろした。
水鳥や夕闇。
「その日暮らしの公園を
幾重にも、縫い合わせていく
あの、野良猫は、糸のさきの
針だ」ね
とそんなことを、おたがい思っていた。

そうして、
「さよなら」を言って別れた。
彼女は彼女のすることをしに
見しらぬひとへかえっていった。

そうしてぼくは、
ぼくのことをしに
他人たちのひとりに
帰っていった。





※『究極Q太郎の詩 上 名無しの名前』(2003年5月刊,私家版)より。

究極さん、3年あまりの沈黙を破って活動を再開されるとの噂が耳に届きました。本当ならとても素敵なことですね。
究極さんといえばしげかねとおるさんの一〇〇〇番出版が企画出版(!)した『究極Q太郎の詩集』(2005年10月刊→絶版)が有名ですが、ここではそれに収録されていない詩を私家版詩集から少し紹介したいと思います。

2 件のコメント:

  1. 究極さんの詩、今読むと素敵。
    ブログ開設おめでとうございました。いまさらですねえ。

    okabarの宣伝(!?)もおおきにです。

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  2. オカバーではいつもお世話になっております。
    究極さん、素敵すぎます!!!

    竹村が究極さんの文集を作りたいと言ってたけど、ぜひ実現したいですね。

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